2020年12月、筑摩書房から刊行された金智英(1984~)による茨木のり子研究書。カバー写真は小畑雄嗣、協力は宫崎治、装幀は間村俊一。著者はソウル市生まれ、刊行時の職業は立教大学兼任講師。
目次
はじめに
・第一部 終戦と詩作のはじまり
第一章 同人誌
第二章 第一詩集『対話』
- 一.「ほっそりと蒼く国をだきしめて」 軍国少女として
- 二.「ひとびとは探索しなければならない」 〈生の意味〉を問いつめる
- 三.「舌なめずりして私は生きよう!」 やさしい言葉と強い覚悟
・第二部 対話から広がる世界
第三章 対話のはじまり
- 一.「モノローグよりダイアローグを」 敗戦と女性であること
- 二.「行きずりの黒いエトランゼに」 メッセージを伝えること
- 三.「わたしの心はわけのわからぬ哀しみでいっぱいだ」 異邦の人への眼差し
第四章 他者について
- 一.「エジプトの王妃」と「みじめな奴隷」 他者としての自己
- 二.「うまくゆかないのは皆あいつのせい」 民族としての他者の発見
- 三.「近きより遠くへ」 金子光晴への共感
・第三部 茨木のり子とハングル
第五章 ハングルを学ぶ動機
- 一.「見えない糸にたぐりよせられて」 ルーツとしての朝鮮
- 二.「汗水たらたら今度はこちらが習得する番です」 自責の念と畏敬の念と
- 三.「一番親しい同志」の死によって得た、自立と自由
第六章 時代背景と茨木のり子の韓国への態度
・第四部 現代韓国との対話
第七章 『韓国現代詩選』を編む
- 一.「隣国の詩訳せる詩人が一人もいない」 まっすぐ届いた言葉
- 二.「自分の気に入った詩だけを集めてみたい」 茨木のり子が選んだ十二人
- 三.韓国現代詩からどんな声を聴こうとしたのか
- 四.大胆な省略と日常の言葉――茨木のり子の翻訳
第八章 韓国における茨木のり子
- 一.解放後韓国における日本文学の位置――翻訳とナショナリティ
- 二.現代日本文学と現代詩の翻訳が始まった
- 三.ハングル翻訳詩集『わたしが一番きれいだったとき』と『はじめての町』の刊行
- 四.韓国の反応
- 結び
註
あとがき
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