高野六郎歌集

 1961年12月、新星書房から刊行された高野六郎(1884~1960)の遺稿歌集。

 

 高野先生は私に取って職場と趣味と両立した先達であり恩人である。私が今日「ハンゼン」氏病短歌開拓者の栄誉を担い得ているのも、高野先生が療養所の元締である内務省の予防課長(後日は厚生省の予防局長)として、ハ氏病者の文芸に依る精神的開放と慰安とを強力にバックアップして戴いたからである。私は大樹の蔭で大手を振って病者の指導に専念することが出来て、私が編輯した二〇余冊の病者の単独や合同の歌集に先生は必ず序文を寄せていられる。
 先生の歌歴は充分知らせて戴く機会がなかったが、戦前は「春草会」の同人であり、戦後は昭和二十七年以来「青影会」の会員であった。これらの会には所謂宗匠は居らず各々が一人一党であり、師匠取りが嫌な自由人の集りであつたようだ。先生は巨星斎藤茂吉と高校より大学まで同学、しかも同級生であったが、短歌の方は指導を受けられたことは無いと聞いていた。然し本集中にも茂吉追悼の歌があるように、ひそかに関心は寄せていられたようである。戦前は歌壇人より一般女壇的な正木不如丘や竹久夢二等と交友があった。
 先生はその性格の明朗さから来ていると思われるが、富士が好きであり、皇室を尊び、神宮参拝の歌が多い。連子未亡人との愛の生活歌もやはり先生が運命論者であり、現実尊重の科学者であった有力な証左であると思う。先生は文字通り「身心共に健かな」紳士であった。それが糖尿性白内障などややこしい病気になられたのは全く気の毒であったが、そこに不可解な人生の運命がある。

 老い来とも心楽しく歌詠む我は科学者運命論者

 この歌は病前の歌であるが、之は先生の信念であった。よく失明の苦に堪えて触覚聴覚に頼って歌を作り、生甲斐を感じて居られた歌が本集中に溢れている。
 先生はよく随筆を書かれ随筆集も数多いと思うが二冊だけ私の手元にある。「予防医学ノート」の巻末に「三人の女」という章があり、その内の一人は、氏病者であり、先生が若い頃東京慰廃園に北里研究所から派遣されつつ治療の傍ら短歌を指導された女である。「医者の黒焼」の中には「一握の藁」という章があり、之は熊本の菊池恵楓園で私が指導した島田尺草の第一歌集のことである。
 私事に亘って恐縮であるが、私が必死と云われた頃、先生は枕頭を見舞われて「貴方まかせ」の哲学を説かれた。私は先生の御生前に一度も病床を御見舞出来なかった事を深く悔いている。私は何とかして先生の御恩にいたいと思い、ハ氏病院に於ける歌碑建設と遺稿集の出版に御援助申上げたいと決心した。
 四月上京の際、連子未亡人から渡された先生の歌稿は昭和二十七年以降約一千首近くのものであったが、本集には約五〇〇首を収録した。所属していられる「青影会」ではよく兼題席題があるそうであるが、先生のは昔の所謂題詠的な机上歌でなく、自分の過去の体験を写実的に表現した歌であり、立派に実感のこもった歌である。然し一、二首のことが多く、迫力が弱いので、出来るだけ同種類の他の歌と一緒にして編輯した。先生は「青影会」誌の外には余り発表誌を持つていられなかったが、一つのテーマに関する連作を沢山ノートに書きとめて居られた。それでこの遺詠集も相当の力作が揃い、今日簇出している結社同人の作品と比べて何等遜色はない。
 この遺詠集が先生の一周忌を期して御遺族の手により出版せられ、広く関係方面に配布せられる由であるが、先生の霊もさだめし、本書に添って居られることと信ぜられる。繙読される人々も先生の御生前の温情を想起されることと思う。特別に愛顧を受けたハ氏病院側でも、光田健輔先生の病気で何も御手伝い出来なかった事をお詫び申上げ、高野先生の御冥福と御遺族の御多幸を祈りつつ筆を擱く。
(「跋」より)

 

目次

序文 小林俊三

跋文 内田守人

追憶の歌 高野連

巻末記 遺族一同

 

・昭和二十七年

  • 初夏の空 
  • 善良な顔
  • 草津
  • 九州の旅

・昭和二十八年

・昭和二十九年

  • 元旦
  • 春日け長し
  • 吾が愛は若木のごとく
  • 結婚祝歌
  • 筑波と鬼怒川
  • 誕生日
  • 彼岸前後
  • みちのくの旅
  • 霜月

・昭和三十年

  • 古る人吾は
  • 春は近づく
  • 東京文化学園卒業式
  • 京都の旅
  • 夏より秋へ

・昭和三十一年

  • 神宮の森
  • 大脇大人訃
  • 旧正月の頃
  • 菖蒲の節句
  • 伊勢の旅
  • 涼風
  • 富士五湖
  • 秋のさち
  • 妻よ!わが妻
  • 秋より冬へ

・昭和三十二年

  • 正月
  • 志賀先生哀悼
  • 牡丹その他 
  • 初入院
  • 北島先生を偲びて
  • 視力うすれつつ

・昭和三十三年

  • 暗き春
  • 退院

・昭和三十四年

  • 病めりともなく
  • 夏来る
  • 秋立ちて
  • 杖をつきつつ

・昭和三十五年

  • 年頭の籠居
  • 春を待ちつつ
  • 夏の空
  • 秋その他


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