2014年7月、KADOKAWAから刊行された鍵和田秞子(1932~2020)の句集。装幀は間村俊一。
本書『濤無限」は私の第九句集になる。平成十九年から二十五年にかけての作品から、四百六十二句を撰んだ。
この間に私は傘寿を迎えた。医薬を放せない身にとって思いがけない幸であり、天命に感謝の他はない。八十代の高齢者となれば老から逃げずに、真摯に老境の思いを作品にしたいと願っている。
そういう思いの中で出遭った東日本大震災は、予想外の深い傷跡を心の中に残した。三年過ぎた現在も澱のように心の底によどむものがある。それは、震災に関する報道や写真を見聞すると、即座に太平洋戦争末期の敵機襲来による一望の焼土や瓦礫の光景が蘇ることにもあろう。悲惨な光景は常に重層的になって重く心に積もるのである。
句集名の「濤無限」は神奈川県大磯のこよろぎの浜で詠んだ句「円位忌の波の無限を見てをりぬ」から採った。私が西行ゆかりの鴫立庵の庵主に推された平成十四年の献詠作品である。その時から私は、西行から芭蕉へ、そして近代俳句へと流れる文芸の本質について考えるようになった。芭蕉のよく知られている詞に「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり」がある。それらの根本を貫くものは一つ、即ち風雅の誠であると言うのだ。俳諧における真実を大切にして、一筋の道を継承してゆきたいと、私は思った。それを人にも話し、文章にも書いた。
それから十年が過ぎたが、果たしてどれほどのことができたのか、まことに心許ない。初めの志を忘れず、心新たに進んでゆきたいと思い、書名に撰んだ。濤の無限は西行の世界の無限であり、文芸の世界の無限でもある。
句集上梓にあたって、角川学芸出版の石井隆司氏と滝口百合氏に特に御面倒をおかけした。装幀は間村俊一氏に手掛けていただいた。
(「あとがき」より
目次
あとがき