
1986年9月、葦書房から刊行された柴田基典=柴田基孝(1929~2003)の第4詩集。装幀は毛利一枝。刊行時の著者の住所は大野城市。
随分以前に読んだヴァレリーの言葉に「後ろ向きになって前へ進む」というのがあって、前後の脈絡なしにこれだけがいつも浮かんでくる。詩はなべて前へ掘り進むよりも、自分の後ろ影ばかり掘っているような気がする。時間が逆に流れているのかもしれない。そうしながら、今日の「後ろ向きになって前へ進む」時代の姿が次第に鮮烈なものに覚えてくるのである。
詩という認識の地平をどこに設定するか。私なぞはすぐ認識の掻痒感をもよおす手法に走りたくなるので、いつも周囲を見まわさずにはおれない。そのうえで結局は、詩は言葉の精密な作業という平凡な結末を見通すのである。しかも、その作業は多く逆説的な縫い目をもつ人工的な作業となって、ついに詩は人生の一部であるよりも、人生が詩の一部であるということになり果てるほかない。
前回以降の作品を十八編選んで、第四詩集とした。期間はほぼ五年。まとめてみると、やたら作品のなかに詩人・音楽家・画家などが雑居してざわめいている。作者にしてみれば、これらはいささか自虐的な書き割りの息遣いに似ている。
(「あとがき」より)
目次
- スニーカーをはいた人
- 鷄鳴
- 蝸牛
- 耳の生活
- 半練りの地獄
- 弥生人のように
- 裏地図
- しゃっくりをする人
- 暑い長い真昼の橋
- 鳥の分量
- 曲がったびん
- 過剰なリボン
- 雑居ビルのある場所
- 自転車
- なめらかな町
- 楔形文字
- ゆっくりまわる川