
1987年5月、大阪教育図書から刊行されたハーマン・クラウディウス(1878~1980)の詩集。翻訳は後恵子(1945~)。表紙はジーグリット・カーカヴェラス。
ハーマン・クラウディウス(一八七八―一九八〇)は若い頃からPlattdeutsch(低ドイツ語)とHochdeutsch(高ドイツ語)の両方で数多くの詩を書いてきた。一九七八年の百歳の記念にそれらがまとめられ、低ドイツ語で書かれた詩は第三巻に三一六篇が収録されている。
その中から初期の作品を中心に、七〇数篇を選んでみた。ここに収録した作品の全てが素朴な生活から題材を採り、自然と深く関わって生活してきた息吹が感じられる。自然と密着した生活はまた宗教にも深い関わりを示し、神の僕に忠実な敬虔な生活をしている。
もちろん自然も生活も厳しい。毎日が重労働でもある。しかし過酷な生活の中でも、自分の心をしっかり見つめている。それは心の支えに宗教があったためであろう。また時には夕べに居酒屋で一杯飲み、疲れをいやし、恋人と踊りまくることもある。
雪の降る夜は、親が子供たちに話を語って聞かせ、クリスマスにはサンタクローズを待ちわびる生活。季節の変化は自然の姿を変え、花を咲かせ、収穫を得て、雪が見慣れた景色を一変させる。夜の闇は、樹々の息遣いが聞こえそうなぐらい静かである。
どの詩からも機械の音は聞こえてこない。自然にどっぷり浸って生きることは厳しい面もある一方、暖かく包みこんでくれることも多い。そんな牧歌的なスケッチを、ハーマン・クラウディウスは巧みにやった。
低ドイツ語は現在では、ほとんど使われなくなった。それは高ドイツ語が標準語となったからで、低ドイツ語がすたれた理由は、古くから使用地域が狭かったことに加えて、日常口語が主で、高ドイツ語は文書用語として古代から作品等が残ってきたためでもある。
これらの詩を訳すにあたって、ハンブルク大学で御指導いただいたクルト・シャックス博士に、再度辞書等の点で指導を願った。深く感謝しています。表紙の絵は友人のジーグリット・カーカヴェラス女史に描いていただき、出版面では、大阪教育図書の横山哲彌社長にお骨折りいただいた。深謝します。
(「あとがき」より)
目次
- ミヒャエル教会の塔
- ふしあわせな男
- 工場の煙突
- 古い家
- 休日の港
- 工場から
- ダンスサロン
- 新聞売りのおばさん
- 屑屋
- 私の父
- 仕事がない
- 夜の歌
- エルベの渚
- 港湾スト
- 友達
- 手回しオルガン弾き
- 大都会の子供たち
- 町の音楽
- 赤いオートミール
- 街燈の歌
- 雪の歌
- 病室
- 家の裏で
- 日曜日の花
- ワインの後ろで
- 古いツィター
- 恋人
- 浮浪者
- 木の下で
- りんご
- 母の時計
- 忘却
- 私のところでは
- 雨の日
- 私の星
- 私の魂
- 告解
- 雨の歌
- 黄昏時
- 日暮れ
- 死の間際に
- 雄牛から
- 別世界
- 小さな町
- 古い墓地
- 鷹山の背負い籠運搬人
- 悲しい絵かき
- 密猟者のアイディ
- 戦い
- 哲学
- 葬式
- 樹
- 一番鳥の雲雀
- 春の陽
- 戸外で
- 戸口で
- 五月の夜
- 聖霊降臨祭の太陽
- 五月の朝
- ナイチンゲール
- 月光
- がらんどうの藪の後ろで
- 夜の祭り
- 荒野で
- もう秋だ
- 秋
- 妹は病気になった
- 水車池
- 吹雪
- リュネ修道院
- 水車池
- 橇の遠乗り
- サンタクローズ
- 前祝い
- 教会の歌
- ベツレヘムへ
あとがき
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