
2004年9月、日本未来派から刊行された小山和郎(1932~2011)の第5詩集。日本未来派叢書5。著者は伊勢崎市生まれ。刊行時の住所は伊勢崎市田中島町。
タイトルとした『冬の肖像たち』は、「あとがき」まで付したことでも知れるように、三十年ほど以前に上梓したものの再版である。とはいえ、七篇の作品では詩集というよりパンフレットの域を出ないもので、その時から、いつかしっかりした造本のもので出したいとは思っていた。だが、改めて再版となるとなかなか具体的な方寸は定め難く、そのままに過していた。ところが最近、身辺に仏事が立続いて起き、その度に縁者が集ってそれに伴う話、つまり"死"に関しての話をしあった。それらのなかで私が少くなからぬ衝撃を受けたのは、そこでは皆が自分の墓所を所有していることであった。勿論その衝撃は、直接的に墓所そのものというのではない。表面的には気配を感じさせないようでいながら、終焉の準備は怠りなく用意しているのだなという感慨であった。私の場合、墓地は必要なら娘が購入するだろうし、私に時間があれば用意してもいい程度のことなのだが、それよりも、予定していたことは少しずつでも実行に移しておこうということだけは、とりあえず決意させた。この詩集の刊行もその実践の一つである。
作品は三つのパートに別けて編集したが、それについて若干の注釈を加えると、〈Ⅰ〉は『冬の肖像たち」の再版であり、これは国立療養所・大日向荘から、そこで娑婆と呼んだところへ出ることが叶わなかった方たちのことを記したものであるが、人間に孵化する前の私には、実際以上に大きく影響した別離であった。<Ⅱ>は、<Ⅰ>の時代はなんとか通りすぎたものの、早逝には違いなかった友人たちとの別れを集めてある。このうち、「天の水」は療養所は違ってはいたが、結核の既往症があるという点では共通の友人だった。また、「邯鄲あるいは――」は、看護婦だったが、あそこでは患者も職員も一つのコミュニティというような面が大きくあったことを考えると、ごく自然な成り行きであった。<Ⅲ〉は、家族の何人かをモチーフとしてあるが、なかな踏みこめない壁のようなものが、予想より高く厚いことを痛感した。このうち、最初の「くろいはなびら」は強いて言えば私自身が素材であるとも言えるだろう。また、巻末の「蛇足」は、父のことと言ってもいいし、あるいは単なる洒落と受け取られてもいいと思っている。
この〈日本未来派叢書〉の件を西岡光秋さんから聞いたとき、模糊としていた詩集の計画がかに形をもって考えられるようになった。その意味でも、私にはありがたい企画であった。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
- 溯行
- 遠望
- 日暈
- 菜根譚
- 渕
- 腰掛銀
- 耳鳴り
- 『冬の肖像たち』 あとがき
Ⅱ
- 翔ぶ
- 蒲原
- 神話
- 天の水
- 舟の記憶
- 邯鄲あるいは甘譚
- あみーご
- 折鶴
Ⅲ
- くろいはなびら
- 赤い空
- 走る男
- はなしの橋
- 年譜
- 蛇足
あとがき