
1996年4月、御茶の水書房から刊行された高良勉(1949~)の評論集。写真は上間晃、装幀は佐藤俊男。
目次
序詩 セブーの海
Ⅰ おきなわの心――死者たちの視線
- 思想的に大きな負担――戦争責任問わぬ沖縄社会
- 生き延びる「戦犯」――「抗日」に衝撃 歴史の教訓を反すう
- 戦争責任を自己批判――安里氏と牧港氏 反戦平和の運動展開
- やさしさと無批判――「論理より情念的」な傾向
- 復帰運動の遺産食いつぶす――やさしさとハーダーリー負の力に働く
- 復帰協の無責任な解散――既得権まで放棄
- 再び事大主義下に――主体性、どこかに吹っ飛ぶ
- 同化志向が支えに――あいまいな日琉同祖論
- 事大主義と奴隷根性――復帰思想でも同じ誤ちを
- 確立できぬ民族主義――指導者が抱える民衆軽視
- 民族意識の形成に期待─―歴史体験をエネルギーに
- 御嶽信仰に可能性――持ち続けたい「ちむぐりさ」
Ⅱ くにざかいの島々から――未来の琉球弧・アジア・太平洋へ
- 帰還――根っ子をさぐる巡礼の旅へ
- さよならニッポン――見えにくくなった沖縄
- 試金石─―「72年返還」を住民は〝拒否 "
- 自由民権運動と沖縄観─―「琉球処分」から大陸侵略へ
- 「沖縄構想」とその挫折――福沢諭吉 「内地化」を説く
- 植木枝盛の琉球独立構想――アジア越えて世界連邦へ
- <内地化構想>の悲劇――「国内植民地」の状況へと転落
- 新しい日本――琉球弧像――島尾敏雄が提起「ヤポネシア論」
- <ヤポネシア論>の発展――三木健が提唱「オキネシア」論
- 日本のヤポネシア化へ――少しずつみえる思想的に勝つ道
- ヤマト国家の歴史の覆滅――「地獄」の予言、的を得る
- <辺境感>の止場へ――生活と文化に自信と誇り
- <境界域>の思考――組み込まれはずされ
- もう一つの九州>の発見――「琉球国」扱いする台湾人
- 未来のアジア・太平洋へ――「民族と人間」の新しい課題に
- 自治・自立・独立へ――基地のない「永世平和の島」
Ⅲ 分裂する沖縄の心
- 基層の根源へ――うふゆー論序説
- 〈南島とは> <琉球弧論〉と〈南島論〉 吉本「南島論序説」の意義 うふゆー論序説
- 分裂する沖縄の心――日本人になり急ぐ沖縄人へ
- 「沖縄の心」とは何か 沖縄・読谷村で起こったこと 分裂する沖縄の心 上昇指向と空洞化の中で
- 教育に三つの力を
- 私の教育原点 教師に未来はあるか 崩壊する地域の教育力 沖縄の自立解放教育を
- 沖縄――くにの内と外
- 尾を引く精神的屈折 八・八・八・六のリズム 生き続ける独自文化 "三つの宝物"の一方で アジアの視線に無自覚 身勝手な日本人の認識
Ⅳ 北から南から
- 琉球アイルランド友好協会・前史
- 琉球弧で詩を書くこと
- 藤井貞和氏との往復書簡
- 違和から共有へ 新鮮だった"沖縄口" 変容する日本語 どうとらえる近代 存在の表現を実感 肝の底からの言語の力
- 日本へ
- 六・二三・洞窟(がま) 水ガメと湖水軍事演習 ウチナー・ヤマトゥ・法相発言 火・風水・土 弥勤世果報への祈り 詩と踊りの島 雑種文化のるつぼ 沖縄世・うるま世へ 移民・棄民の歴史とうた 出稼ぎと移民の島 移民体験民衆史の記録化 をなり神のセジ 島うた巡礼の旅
- 山之口貘を語る――生誕九〇年没後三〇年
- 地球の上の琉球詩人
- 永遠の友好を――「結ぶ会」結成に向けて
- 記録化の重要性
- 戦後五〇年で得たもの失ったもの――シマと村から
- 私にとっての敗戦後五〇年・青春編
- ハイサイ(拝再)北から南から――対談 チカップ美恵子・高良勉 アイヌ・モシリ
- と琉球弧への感想 共生と連帯の未来へ
あとがき