
2016年10月、思潮社から刊行された駒ヶ嶺朋乎(1977~)の第2詩集。装画は宴車。刊行時の著者の住所は栃木県
収録詩篇の展開に、イメージの影響を受けたか、語句の引用をした著作がある。芥川龍之介、荒川洋治、入沢康夫、小笠原鳥類、斉藤倫、谷川俊太郎、寺山修司、中原中也、夏目漱石、鍋島幹夫、野村喜和夫、萩原朔太郎、蜂飼耳、藤原清輔朝臣、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、松井孝典、宮沢賢治、吉田多雅子、吉田文憲、安川奈緒、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(五十音順、敬称略)。
日本語の書き言葉には右上という始まりがあり、後続する言葉は前述した言葉を負って存在し、同じ単語でも意味を変じて後戻りはできないという時間の流れがある。読書に開かれた時間は、左下の句点で終わる事はなく、安全な場所だと高みの見物をしていた読み手の時間にも入り込んできて、閉ざされることはない。こちら側の持ち札の言葉の意味まで書き換えていく。
そんなことができる言葉というものの正体を問いつめたいと思っている。現時点でひとつの答えとおぼしきものに「ミラーニューロン」*がある。マカクザルで見出されたミラーニューロンは他者の行為を目撃したときに自己の行為でも発火する同じ神経細胞が反応し、目撃した他者の行為の理解として作動する。このミラーニューロンが分布する脳領域の一部がヒトで言語野に発達しているという仮説がある。言葉が発される時、他者がいようがいまいが、他者の理解という鏡を介して成立するということだ。 そこにあるものが言葉なら、誤読はあっても理解は瞬時に成立してしまう。言葉をベースにした思考ならば、たとえ他者を拒んでも、伝達性を介して他者が同時に立ち現れる。
書き散らかした詩篇を詩集にまとめるには、強い動機を要した。その際に、全体への俯瞰的なインスピレーションを得た絵画作品がある。宴車(うたげぐるま)氏の作品「ニュー母胎樹」からは、本書の詩篇を繋ぐイメージとして、生命の連続性と細部の差異とを分類する「系統樹」の着想を得た。宴車氏に表紙を描いていただくことで、たとえば学名の羅列であるような系統樹であっても、今一度生物として血を通わせることができるかもしれない。*ジャコモ・リゾラッティ、コラド・シニガリア、柴田裕之訳、茂木健一郎監修「ミラーニューロン」(二〇〇九年、紀伊國屋書店)
(「あとがき」より)
目次
- よすみの耳で以て夜をひらく
- 遠来
- 氷菓スペクトル
- むい も うい もおなじむじなの
- さび川リバー
- 穏やかなる思惟に触れて
- ある朝の日常
- うしろの空がきんいろだ
- 波からなる都市
- 草枕、それは風を伴う
- 飛ばない、揺れない、夢を見ない
- さくらの花弁、どこに還る
- 返歌 うしとみしょぞ
- ヤドカリ百年史
- 石英の熱特性に応じた使い方
- 光ル
- ひかりのみなもと
- 詩人の爪
- 読むことに労力の要る書物
- 系統樹に灯る
あとがき
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