
1980年5月、駒込書房から刊行された松井啓子(1948~)の詩集。装画は木田レイ、ブックデザインは村上善男。付録栞は、小長谷清実「生の落丁を探す詩」、神山睦美「放心と無垢」。著者は富山県婦負郡生まれ、刊行時の住所は渋谷区元代々木。
大きな河をいくつも横切って北の方にゆき、そこで数年くらしたことがあった。そこからは中央の山脈がよく見えた。ひとびとは山の際まで果樹を植え、米や野菜のほかに、りんごや梨、ぶどうや桃などをつくっている。
くだものをもぎ始めるすこし前、夏も終わりの頃になると、毎年湯治場へ出かける。なかには、子供を授けるといわれてき湯治場もあって、それでも、湯の中に沈んでいるのは、すっかり産みあげたいくつもの腰と、薄くつぶれた胸ばかり。あたしゃそのたんびにできて困った という意味らしい土地のことばと、むかしおんなであったひとのつややかな笑い声がした。ひとびとは、日に一度か二度、持ってきた米をたき、炭火をおこして干し魚を焼いたり野菜を煮たりして食べる。また、薬にするのだといって、ゲンノショウコや山あざみをとってきて軒下に干したりしている。
私は一週間あまりそこにいて、湯の中にはほとんど入らず、湯治場の炭倉の前のつめたい石垣の上にすわって、山下の駅舎やその背後の切りとられた山肌、四方の山なみをぼんやりながめてくらした。それから持ってきた画用紙と鉛筆で、草や木を何枚も描いた。これまで書いてきたものを、このような詩集に仕上げてくださった秋元潔氏に感謝します。
(「あとがき」より)
目次
- それではこれは何ですか 6
- うしろで何か
- パート
- 絵葉書
- くだもののにおいのする日
- 雨期
- 待っていてください
- せっかち
- 手紙を書いてください
- 昏れる
- とってきた話
- 誕生日
- 間違えて
- シンメトリー
- 夜 あそぶ
- ねむりねこと
- かみぶくろ
- 冬瓜
- 箱
- 夢
- きみはふるさとを見せると言った
- 捨てる
あとがき