
1995年6月、思潮社から刊行された守中高明(1960~)の第1評論集。
目次
Ⅰ
- 吉岡実における引用とパフォーマティヴ――『サフラン摘み』以後
- 茄子の思考――西脇順三郎、あるいは唯物論的「イロニイ」について
- 透明と痕跡――瀧口修造の場処
- (反)オイディプスとしての) 言葉――朝吹亮二/松浦寿輝のための断片×2
- 譚海の掟――天沢退二郎試論
Ⅱ
・Inter-Poetics
- 残酷の不在 アルトー vs 阿部岩夫
- 擬体のリアリティ 岩成達也 vs ヴィトゲンシュタイン
- 翻訳者としての詩人 ベンヤミン=ポール・ド・マン vs 吉増剛造
- 文字の審級 ラカン vs 高貝弘也
- 忘却の地層 辻井喬 vs リオタール vs 入沢康夫
・詩の現在
- 言語の重量 藤井貞和『大切なものを収める家』
- イマージュの身分 『イヴ・ボヌフォア詩集』
- 「天才」の在処 夏石番矢『天才のポエジー』
- 喪とユーモア 城戸朱理『非鉄』
- 死後とその後 アウエルバッハ『世俗詩人ダンテ』 『吉田文憲詩集』 野村喜和夫『特性のない陽のもとに』 北條一浩『フラワーズ』
- 「左手」の教え 平出隆『左手日記例言』
- 余白としての歴史 建畠哲『そのハミングをしも』
- 天王寺と「てんのじ」 伊藤比呂美『わたしはあんじゅひめ子である』
- 螺旋と物質 河野道代 『Spira mirabilis』
- 他者の計画 松浦寿輝「鳥の計画』
- クレタ島は今日…… 高柳誠『塔』
- 女/性/詩について 『新井豊美詩集』
・Books & Scenes
- 線と浅さ コクトーの手――「ジャン・コクトー展」
- 偶然と出来事、あるいは未来の詩学のためのレッスン ビル・シーマン「断片の
- ための妙なる機械装置」
- 拘束と放棄 ポール・オースター『消失』
- 事件としての色彩 加納光於『夢のパピルス」&"「色彩」としてのスフィンクス"展
- 「基底材」という狂気 アルトー/デリダ『デッサンと肖像』
Ⅲ
あとがき