
1991年11月、沖積舎から刊行された仁平勝(1949~)の評論集。
すこし長いあとがきを書く。
この二、三年の間で雑誌に発表した文章をもとに、俳句の評論としては三冊目の本ができあがった。この本に収めるにあたって、いくつかの文章に大幅な加筆修正を加えている。この前の『虚子の近代』にしてもそうだが、わたしの文章に加筆修正という作業が必要なのは、最初いつも与えられた枚数で書くとき、内容がどうしても中途半端になりがちだという事情による。白状してしまえば、あらかじめ構想を立てて書き出すということがわたしにはできないのだ。
もっとも大きな加筆修正がなされたのは、冒頭に収めた「秋の暮論」である。これなどは最初、「秋の暮」というテーマでどこまで書けるのかまるで見当がつかなかった。そのつど思いつくままに書き進めているうちに、収拾がつかなくなって中断したものである。今回はその収拾をつけるために、新たに二つばかり章を加えて、初出の順番まで組み変えてしまった。ほとんど書き下ろしに近いものになっているかもしれない。
「俳句の定型律と破調」と「畳の上の反乱」にもけっこう大幅な加筆修正がある。前者は、塚本邦雄の文章に反論するかたちで書かれたものだが、雑誌に発表されたときに、塚本邦雄の文章を読んでいないと分かりにくいという意見があった。わたしの引用が中途半端だったためで、このたびはそれをきちんと引用し直したわけだ。相手の塚本邦雄氏にたいしてもそうするのが礼儀だろう。後者は、ようするに雑誌で与えてくれた枚数が足りなかった。わたしがそこでテーマにしたかった「俳句の思想」ということが、初出の文章ではいかにも舌足らずになってしまったのが心残りだったのである。もちろん雑誌のせいではなくて、依頼でもなければ文章を書こうとしないわたしの怠慢のせいである。
ちなみに「佐藤鬼房論」も同じ雑誌で書いたものだが、こちらはまったく手が加えられていない。このテーマは、それこそ唐突にわたしのところへやってきた。わたしはてっきり佐藤鬼房の特集でもするのかと思っていたら、そうではなかった。「俳句研究」編集長の鈴木豊一氏は、ただ単独に大きなページを割いてくれたのである。でも、なぜ鈴木氏はわたしに佐藤鬼房を書かせようとしたのか。その理由を一度うかがってみたいと思いながらそのままだが、けっして鬼房のよい読者とはいえないわたしが、それなりに読むに耐えるものを書けているとすれば、これはそれこそ編集者のおかげである。
あとは「季語と切字」にも大きな加筆修正がある。これなどは、テーマの重大さに比べて与えられた枚数があまりに少なく(初出の文章では編集者の谷口慎也氏に文句をいっている)、居直って書いたものだ。けれどもあとで読んでみると、その居直りのために捨てがたい文章になっている気がして、舌足らずの部分に体裁をほどこして収録した。これも、もし収めた意味があったとしたら、わたしにとっては怪我の功名ということになる。
雑誌から与えられたテーマでなかなか構想が浮かばず、一行も書けないまま何日も過ごすことは本当につらいが、一度書いたものに手を加えるというのは、思った以上に楽しい作業であった。わたしの場合はワープロで書くので、それが加筆修正という作業を楽にしていることもあるが、書き加えていくうちに、新しい発想が次々に浮かんできて、逆にかえって収拾がつかなくなったりする。
これは俳句の評論集だが、「歌謡と詩の間」は短歌について書いた文章である。わたしは一応は俳人ということになっているが、べつに先生について専門的に俳句を勉強したわけでもないから、じつは短歌も俳句も、それを論じる立場にはあまり違いがない。ただ、短歌より俳句のほうが肌に合うというだけだ。そのつもりで、俳句論と同じように読んでもらえるとありがたい。
ほかの文章も、それぞれ自分には愛着がある。今回ここに収めたのは、けっこう気分が乗って書いたものばかりである。わたしにとって俳句の批評とは、俳誌の主宰者が弟子を指導するために書くような、そういう技術的な(?)論評のことではない。そして、この際ささやかな自負をいわせてもらうなら、わたしの書くような批評もないと、俳句の世界は面白くならないのである。いっぽう、この本が面白いかどうかは、諸氏の判断を待つしかない。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
- 秋の暮論
Ⅱ
- 季語と切字
- 俳句の定型律と破調―塚本邦雄に応える
- 言葉から視える現代俳句―たとえば「少年」と「戦争」について
- 機会詩としての俳句は可能か
- 歌謡と詩の間
Ⅲ
- 佐藤鬼房論.
- 畳の上の反乱―三橋敏雄の思想
- きみは俳句の八〇年代を飯田龍太の時代と呼べるか
あとがき
NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
Yahoo!オークションで検索
メルカリで検索