川崎むつを 川崎むつを選集1 北の川のほとり

 2001年10月、青森大学出版局から刊行された川崎むつをの歌文集。挿画は鈴木正治、表紙は佐藤貴永。

 

 惟えば、今年九十五歳の著者川崎陸奥男氏は八十八歳の私にとって生涯の先達であり知己である。私も少年時代から口語歌を作り、鳴海要吉の「新緑」に投稿し、東奥日報夕刊の募集にも応じた。川崎氏は「むつを」のペンネームで全県的な口語歌の指導者であった。往時、本県では文語歌より口語歌の方が盛んであったように思う。特に県下の綜合文芸誌を統括した「座標」の存在がその傾向に拍車をかけた。責任編集者として、淡谷悠蔵、竹内俊吉、一戸玲太郎と川崎むつをが名を列ねていた。太宰治も初期の作品を発表していた。私の上京は昭和九年であった。東京で四年間を過したが橋本甲矢雄の「近代短歌」に属して新短歌を作った。その同人の一人に広江ミチ子がおり、後の家内である。彼女の歌集「標札」の出版記念会の写真が一葉手許にある。十数人の小さな集りであったが、その中に原三千代氏もいる。現在のむつを夫人である。むつを氏と私との微妙な縁(えにし)がこういう形でもあった。久しい年月を叙して、私が川崎氏と毎日のように出会うようになるのは昭和三十年前後、県立図書館に勤務した時期である。その頃、同氏は合浦公園の海岸に石川啄木歌碑の建立に熱中し、次いで私は太宰治碑を蟹田の観瀾山に建てることに忙殺され、両者相互に協力しあったのは懐かしい追憶である。閑話休題、歌集「北の川のほとり」のことに移る。私は遠の昔に実作から離れたが、川崎氏は生まれ乍らの歌人であるかのように呼気、吸気ともに作品を歌いつづけている。しかも、直截で、力勁く、読む者をインスパイヤーする。集中の詠草群はすべて自然でありエネルギッシュである。それを支えているのが三千代夫人である。彼女も現役歌人として高雅で新鮮な家風を色褪せず持続しつづけている。この二人の実像は一昨年暮「ともに詠みともに生きて」でNHKが全国放送した。本集の末尾にそのシナリオが収録されている。私の感銘は最後を飾っている次の一首である。「何時からか何時死んでもいいと思っている/こういう時も来た/ありがたいことに」私も高齢に恵まれているが、このような覚悟は未だしである。川崎先輩と私との大きな距離はここにある。川崎氏夫妻の今後の健吟を冀い、心から、この歌集の上梓を寿ぐ所以である。辛うじて、これだけの文字を並べたが序文たり得るか否や。
(「序/小野正文」より)

 

目次

序 小野正文

刊行によせて 木村正枝

  • 歌集 1984~2000
  • 東海の小島の原風景
  • 随想集
  •  世の中は静かでない 文語歌人諸氏に
  •  私の志功さん 誓い、一筋の情熱
  • NHKテレビ【人間ドキュメント】ともに詠みともに生きて

跋 小山内 誠
あとがき 川崎 むつを


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