
1955年1月、同和春秋社から刊行された十和田操(1900~1978)の児童小説集。昭和少年少女文学選集6。装幀は大磯海一
「二階のない学校」は、十四、五年前に、おとなの文学雑誌に出したものですが、このたび、この選集の本のくわだてにあたり、これを私の少年少女文学の一篇として加えてもらうことにしました。そのかわり、もとは三十枚ほどの作ですが、これを、さらに、すいこうしながら、話のすじや文章のかたちをくずさないように、約三倍の長さに、ときほぐして、この本を読んで下さる年少の方々に、できるだけ、わかりやすくするように、つとめました。
作の中の「ぼく」という少年は、明治時代のおわりごろ小学生だった、作者自身のことだと思ってもらいましょう。大正時代や世界大戦時代をへて、原子力時代となった昭和の今日から考えると、大へん古い時代の小学生の話ですが、それでも、やっぱり、この明治の少年のある一人は、この物語の中に出てくるようなことに、ふしぎをいだいたり、こういう場所にくらしながら、夢を見たり、熱心に空想にふけったり、そして考えたり、あるいは、おどろき、かなしみなやみ、いきどおったりしていたのです。
しかし、今の小学生や中学生も、「きみ」たちは、これを読み、そして、そのあとで、自分たちと、明治時代の「二階のない学校」の「ぼく」とをくらべてみて、どんな感想や考えをいだくことでしょう。今も昔も大して変りはないと思うでしょうか。
この小説の書き方は、「ぼく」という小説の主人公が初めからおしまいまで「ひとりしゃべり」(独白)をしているという方法を用いて、自分のこと、ひとのこと、そのほか、自分のまわりの出来事や、住んでいる町のまわりから毎日きこえてくる、いろいろな大小の物音について、心をしずめ、目をみはり、じっと耳をすまして、考えたり、見たり、きいたり、けいけんしたりすることを、つぎつぎと、正直に、自然に、気ままに、書きあらわしたものです。
なお、この原作については、当時、伊藤整氏が友情をこえて大変ほめてくれましたので、私には、はなばなしい文学賞に当った人々以上に、よい思い出の忘れがたい作の一つとなっています。しかし、ここにあらためて、少年少女文学の実験作として見るとき、これはどうなるでしょうか。
これのほかに、おとなの雑誌に出した作は、もう一つだけ「少年のふるさと」があります。これは、もと「幼虫と春」(昭和一六・四)という題でしたが、内容はそのままです。すこし無理かも知れませんが加えてもらいました。
しかし、あとの作は、それぞれみんな、新聞や少年少女の雑誌のために書いたものばかりです。その中に一つ、「赤いカード白いカード」は、「二階のない学校」から材料をとって、戦後まもなく復刊された「少年クラブ」(昭和二二・四)に、今日の話につくりかえて出したものであります。
(「作者のノート」より)
目次
- 二階のない学校
一、 黒い高塀
二、 ふしぎな音
三、 罪の底なし井戸
四、 鷄屋のおばさん
五、 巨大な柱時計
六、 鐘つき堂
七、 鉄格子の金魚
八、 罰の赤札
九、 大屋根の鬼瓦
十、 雨と夢
- 赤いカード白いカード
- 少年のふるさと
- かわいいコブタとかわいそうな象の話
- まっ白い雄鷄
- けんび鏡とぼうえん鏡
- ミケラン先生の帽子
- アンデルセンの「鐘」の音
- みいでらの鐘
- 先生のお墓
- カキの若木
- 春のあいさつ
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