
1983年10月、草莽社から刊行された小原きよ子(1925~)の詩集。表紙は直正修一。草莽詩手帖1。著者は京都生まれ、刊行時の職業は京都府立高校国語教諭、住所は京都市左京区。
日曜画家という言葉はあるが、日曜詩人という言い方はないようである。日曜画家が素人の画家という意味であるならば、同じような意味で日曜詩人という言葉があってもいいわけだが、同じく素人であっても、画家と詩人とではあり方が違うかもしれない。しかしそもそも、素人と玄人とはどこに違いがあるのだろうか。はっきりした境界線はないだろう。
詩を書く人を詩人と呼ぶことには誰も異存はないだろうが、それでは何が詩かということになるといろいろな意見があり得る。心情を言葉で表現したものを詩と呼ぶと一応定義はできるが、たいていの言葉はなんらかの心情を表現しているのだから、すべての人間はなんらかの程度で詩人だということになるだろう。問題は、なんらかの程度という、この程度の深浅高低が何によって違ってくるか、ということである。詩の場合、素人と玄人のあいだには本質的な区別はない。人を深く感動させるすぐれた詩と、それほど感動させない凡庸な詩とがあるだけである。そして凡庸な詩は実は詩ではないのである。
世間で詩人と呼ばれ、自分でも詩人と称している人、つまり詩の玄人と目されている人は数多い。そういう人たちの詩がはたして本当に詩なのかどうか、これも疑ってみる余地は大いにあるだろう。詩集を何冊も出していても、外形だけでは詩人かどうかはきめられない。他方、とてもすばらしい詩を小学一年生の子供が書くことがある。そういう子供とそ詩人の名にあたいするのではなかろうか。しかしそういう子供も、たいていの場合、おとなになるにつれて詩人ではなくなってしまう。
詩は、言葉による心情の表現であり、いかに巧みな言葉の羅列があっても、心情の発露がなければ詩とはいえない。詩を作ろうとして作られた詩、いわゆる玄人の詩人の詩が往往にして面白くないのはそのためである。しかしまた、いかに心情が激しく渦巻いていても、それが適切な言葉によって表現されなくては詩にならない。詩は言葉によって作られるものである。
ここに主婦であり、母であり、高校教師としてながく働いてきた一人の女性の多年にわたる心情の記録がある。彼女は詩人になろうとしたわけでもなく、発表するつもりで書いたわけでもない。何か普通とは違う特異な体験をしたというわけでもない。いわば平凡な心情の記録なのだが、心情というものは常にその人だけのものという意味で特異であり、生活は平凡であっても平凡な心情というものはない。彼女はそのときどきの心情をそれにふさわしい言葉で書きとめた。発表するためのものではないから、それは独白であり、日記のようなものだが、心情に言葉を与え、言葉として心情を造型することが彼女の生を支えてきたのであろう。彼女が書いたたくさんの詩のなかでも、心情を素直に表白した単純な詩、日記のように実際の見聞や経験を叙述した詩にすぐれた作品が多いのも、詩人としてではなく、一生活者としてこれを書くことが必要だったという、その必然性の故であろう。心情表現の必要は当然言葉の探求に人をかりたてる。その過程のなかで、心情と言葉が的確に呼応する均衡を見出だすとき、そこにみごとな詩の誕生がある。
(「小原さんのことなど/矢内原伊作」)より
目次
Ⅰ
Ⅱ
- 手紙
- 飛鳥
- 午後
- 地下鉄
- 告発
- 誕生日
- ちょっとおたずねします
- 信号
- 破情
- 土星
- 車窓
- 今年、三月三十一日は一日じゅう雨が降りました
Ⅲ
- 一日
- 不信
- 否定的肯定
- 審判
- エル・グレコ
- 視線
Ⅳ
Ⅴ
- 門出
- 汽車
- 早すぎた春
- 海
- 結婚式
- 思えば
小原さんのことなど 矢内原伊作