
1977年6月、詩の世界社から刊行された鈴木志郎康(1935~2022)の詩集。装幀はやべみつのり。著者は江東区亀戸生まれ。
今年はずいぶんと詩を書いた。一年と四ヶ月の間に七十五篇にも及んだ。この詩集にはその半分余りを収めた。こんなに沢山の詩を書いたのは近年にはないことだった。自ら進んでというよりは、求めに応じて書いたのであった。それは、山の頂上に行って眺めを楽しむために道を歩むというのとは違って、平たい道を重い荷を背負って歩むというに近いものであった。自分が見つけた道が自分自身をこういうところに連れて来たのであった。
私は自分の生活、自分の家族を詩の素材にした。それのみが私にとって確実なものに思えるようになったからであった。現在、これらの詩を読みかえしてみると、現実と詩との間にあるおびただしい落差のようなものが目につくのだった。一つには、私は少しも自分の生活も、家族についても語っていないと思えるのである。今一つは、余りにも小さな全体ができ過ぎていると感じられてしまうことであった。何故私はもっと正直に自分が生きていることの断片を断片として言葉にすることが出来ないのであろうかと思うのだ。一種の偽の理解を想定して、それに期待を掛け過ぎているのではないかとも思ってしまうのである。それと、また家族を素材にしたことについては、妻や子供が自分と読者が持つイメージとの差に苦しむことになるのではないかと恐怖するようにもなった。書かれた詩が抽象的な形態で人の手に渡される以上、そこに扱われた具体的に生きているものはその抽象作用に犯されてしまうのだということを、身をもって知ったという気になった。もともとものを書き発表する人間は、抽象作用に犯され、不安にさいなまれる生活を送っているが、それは自分のしたことだから、自業自得ということだが、ただ素材にされるとそれではすまされないのだということがわかった。私は自分の生きているところの体温を伝えるためにしたことであったが、それが素材としたものたちを犯すことになったのはつらいことであった。だからといって、私は自分の道を外すわけには行かない。そこでまたひと工夫ということになるのであろう。
この詩集は中村孝さんとやべみつのりさんの力があって生れた。お二人に感謝します。尚、やべみつのりさんの話によると、「らくだの口」の中に出てくるらだが表紙の絵になっているのだが、このらくだは一九七六年八月に三十五才で(人間に当てる九十才で)死んだ。飼育係の人は、天寿をまっとうしたと、やべさんにうれしそうに語ったということです。
(「あとがき」より)
目次
1
- 身を隠す
- 視線を守る
- 待合室で老人たちを見ていた
2
- 寝息の会話
- 真新しい楔の感情
- 旅行の記憶のこと
- 草多という名
- いろりに火を焚く
- 借りた農家
- 特別の人影
- ひき返す
- 崖のある道
3
- 別の家族
- 夜中のブザー
- 母の死
4
- 私の位置
- 夜中の街
- 電車が来る
- 湯に入った
- 乗り過す
- 沈黙の宇宙
- 身分証を提示した
- 眠たい朝
- 地下鉄
- 黒髪の頭
- 下車する女
- 思い当る
- みかんの皮をむいた
- 禁煙すること
- 湯舟の中で
- 夢の続き
5
- 口の中に
- その後
- やぎのひげ
- ラクダの口
6
- 森の少女
7
- 椅子にれて想う
- 沸騰する湯に感傷する
- 折られた紙に
- 仮面の裏で
- 私の狂気がバタバタしていると思う
あとがき