

1939年9月、ぐろりあ・そさえてから刊行された前川佐美雄(1903~1990)の歌選集。装幀は棟方志功。新ぐろりあ叢書。
『くれなゐ』は僕の選集である。即ち『植物祭』、『白鳳』、『大和』の三歌集の中よ合計五百首を抄出して一巻としたものである、製作年代に就いて言ふと、大正十五年より昭和十四年七月の現在に至る十四年間のものである。この三歌集のうち『植物祭』は昭和五年に刊行したが、他の二つは未刊である。然しこの稿本は近くいづれも刊行を見る豫定になつてゐる。
思ふに僕が今日選集を編輯するなどは早すぎるやうである。少くとも五十の聲がかかつてからなら可笑しくないが、これは出版書肆の希望なのである。加之、友人の多くもそれを頻りと慫慂するので、つい勇氣づけられるままに此の如き始末となったのである。
選集であるからには、なるべく自信の作を集めたかったが、結果は必ずしもさういふ風にはならなかったやうである。それより僕としては自分の様様な傾向を集めて見る方に興味を持つた。いいか悪いかは別問題である、僕としてはその方が若き日を記念するに一層ふさはしいと考へたからである。
僕の歌は今日の歌壇での變り種子とされてゐるやうである。けれども僕自身は一向にさういふことに頓者はしないのである。歌壇のり種子であらうがなかろうが、僕の歌は正しく日本の歌にはちがひないのである。たとひどのやうな愚作であらうと、僕は自分の生閾たる大和を愛し自身の血統を信じるからである。
ここで僕は自分の作に就いて何も言ひたくはない。更に自分の生活に闘しても何も言ひたくはないのである。若き日の十四年間にはやはり人並に僕にも色色なことがあるにはあった、ただそれだけである。人人はこれらの作から何なりと自由に鑑賞し批刺して頂ければありがたい。
『くれなゐ』といふ題名は別に何の意味も持たない。言ふならば巻末「韓紅」と題する一連の作中、「春の夜にわが思ふなり若き日のからくれなゐや悲しかりける」といふ歌の『くれなゐ』を冠したまでである。
(「後記」より)
目次
・植物祭より
- 夜道の濡れ (十首)
- 孤獨 (十四首)
- 室 (十一首)
- 秋の生物 (十四首)
- 夕日 (十一首)
- 五月の斷層 (十七首)
- 黑い蝶 (十四首)
- 春の植物 (十七首)
- 鬪爭 (十一首)
- 光と影 (十首)
- 羞明 (十三首)
・白鳳より
- 億萬 (十一首)
- 野話記 (三十四首)
- 春 (七首)
- 恢復期 (十一首)
- 誕生日 (十一首)
- 月日 (十四首)
- 河 (十九首)
- 風景 (十首)
- 立秋 (十四首)
- 日記 (十一首)
- 冬の歌 (十一首)
- 神神 (十五首)
・大和より
- 修羅 (十四首)
- 千萬年 (十五首)
- 六月の歌 (十四首)
- 秋の斷想 (十四首)
- 獸園抄 (十三首)
- 春雜歌 (十四首)
- たましひ (十四首)
- 珠 (十七首)
- 諸行 (十四首)
- 虹 (十四首)
- 秋 (十一首)
- 大和 (十五首)
- 十便抄 (十一首)
- 韓紅 (十首)
後記