

1967年7月、現代詩工房から刊行された荻原恵子(1933~)の第1詩集。著者は台湾生まれ。
教師をしていることの功徳のひとつは、自分より若い世代の人々の中から、ときたま何らかの可能性を具えた才能にふれることができるということである。一昨年、中央大学の学生だった伊藤章雄氏の詩集『感受性に泣く』(思潮社)が送られてきたときにも、私はひそかな喜びを感じたのであったが、昨年、「日本未来派」にのっている数篇の詩をたずさえて、共立女子大の講師室に荻原恵子さんが現われたときにも、私はある種の文学的期待をいだいたのであった。そのとき見せてもらった作品は、かなり硬質な感性に支えられた作品であったので、荻原さんが秋谷豊氏の主宰するグループに加わっていることを、多少奇異なことのように思わぬでもなかったが、近作を集めたこの詩集を読んでみて、やはりこの人の本質は抒情詩人だという感じを深くした。
この詩集に収められた作品の基調は、いわゆる真情流露的な抒情詩ではなく、いわば心象風景を通じての独白にあると思われる。こういう作風は、作者が素朴な抒情への不信をもっていることの証左であり、『世界』『風景』『青い光り』などは、内的感覚をイメージ化した作品に属し、『除幕式』『王城』などは、フィクションとしての構成的風景に仮託して心情を外在化した作品ということができる。私としては、前者の系列に属する作品に付きまとういささか無造作な曖昧さよりも、後者の系列の作品の明晰さを採りたい。というのは、この詩集のなかで最も秀れており、私の好みからいっても共感をおぼえる『北の殉死』の清冽なトーンが、おそらくこの作者の最も本質的な資質を物語っているのではないかと思われるからだ。この作品には、作者の愛読している伊東静雄の最も良い部分がともかくも肉化されており、ある時期の神保光太郎の作品のを流れていた孤愁の如きものが、何のいやみも感じさせずに詩的言語に晶化されている。
川を越えた遠い起伏のあとに続く蒸発が
旅人には見えないようであり
固く根を張った雪の白さに
自分から埋没するのかも知れなかった
北のあけがたに
壮烈な殉死を私は一瞬 想い描いた――
雪が決意を固めることを
吊り橋が妖しく揺れることを
そして私の胸の鼓動が高まることを
「つつがなくどうぞ」
私はせめてやさしく
生涯に一度の邂逅と別れを持ちたいと思った
けれども川は流れを早めて
私の言葉をさえぎるのだった
おそらくここには、作者の心情の核にある孤愁と渇望とが、抑制のきいた平明さの中に定着されている。
しかしまた、こうした秘められた渇望が、その実現形態において語られるとき、『充実』のような作品になることも当然かもしれない。『充実』が、一貫した強さをもった作品であることは認めるにしても、やはり自己批評の不足とナルシシズムとが、作品にたいしてマイナスの要因として作用している。最も女の本質に迫った即目的作品が、まさにそれゆえに、本質的に批評的たるべき詩的言語の自律性を平板化しているのが惜しまれる。
もとより最初の詩集を出す人にたいして、その可能性の諸相をあまりに軽々しく占うことは危険であるし、私はべつだんこの作者に、これといって進むべき道を示す能力も資格も持ち合せていない。芸術が、つまるところは資質と言語的苦闘との結合によって創り出されてゆくものであるかぎり、私としては、さまざまな可能性の芽のうちで、どれが自分の本質につながるものであるかを見きわめて、他人の評言に気をとられずに自分の道を図太く歩いて行くことをすすめたいと思う。
(「跋/磯田光一」より)
目次
反世界
乖離
風景
愛に
あらゆる神々の
充実
除幕式
王城
青い光り
数千の時
海
塔
夏
北の殉死
追憶
春の樹
跋 磯田光一
あとがき