
1943年6月、邦画荘(矢野文夫)から刊行された中敬三の詩集。
宣戰の御大詔を拜して民草は青々と蘇つた。わたしの詩魂はゆりうごかされ、ペンを持つ身の歡びにわなゝいた。大日本文學報國會の發會式につらなり、東條首相の文學者に對する囑望の言々句々わたしはわたしなりに報いねばならぬと心に誓った。
こゝに収録した詩三十餘篇は大正年代から今日に至るまで、「至上」「詩集」「詩章」「日本詩壇」等に發表したものからの抄出であり、それ以前の「新詩人」「近代詩文」時代のものは盡く省いた。制作の年は十数年ひらいてはゐるが、その新舊にかゝはることなく自分の好みのままに配列してある。
これらの詩篇はいづれも「奈加敬三」といふ署名のもとに發表しできたものであることをお断りせねばならぬ「奈加」といふ宛旅は學生時代にあり勝なはばかりから用ひはじめたのであるが、わたしにはひそかな感傷がなくもなかった。わたしには十歳以上はなれた兄があり、亂暴でもあり優しくもある氣象のはげしいひとだった。小學校五年生のごろ叔父のあとにわたしは静岡へやられ(この集中の「獵入」はその頃の印象である、その直後兄が亡くなったので。また引きもどされた。そして生家の納屋のみに見つけだした兄の遺品のラケット――それに刻まれてゐたのが「奈加」の二字だつた。
いつとはなしはわたしの身につき、ひとびとの間にも行はれてゐるものを、今更籍面どほりに名乗り出るのは遅きに失するが、今日といふ日は、そればかりの粉飾や感傷も洗ひ去らねば氣のすまぬ目である。
家族、ともだち、ふるさと、――さうしたもの中から、さうしたもの上にこそ、國の姿を映えいだす明るくおほどかな光がうまれてることを信じつゝ。
(「後記」より)
目次
・家族
- 樹々にまもられた一棟
- 夜々のひとつ
- ある夜の姉に
- 全家族
- 母の背に
- 長男
- 照空燈の下
- 山歸來
- 挨拶
- ある友へ
- 銅鑼
- 母を憶ふ歌
- しころきぬた
- はた
- かたがみ
・窓
- 落日抄
- 窓
- 懷郷圖
- 秋一日
- 點景
- 水の上
- 青い燭臺
- 燕
- 恢復期
・樹間
- 石の感情
- 獵人
- 落葉の歌
- 樹間のランプ
- 十一月
- 一枚の繪
・旅信
- 朝の歌
- 三島ちかく
- 山峽を過ぐる車窓にて
- 雲海
- 高千徳
後記