
1972年3月、深夜叢書社から刊行された橋本真理(1948~)の評論集。装幀は谷川晃一。著者は横浜生まれ。
旅路は、また、不眠ながらの夢路であった。とつぜん降りきたった土地の精霊にいざなわれて未知の行程に旅だつ夜、列車はひとすじの時間の亀裂となって、わたしを異空に拉した。生者か、死者か、現実に同じ夢をわかちあうものがいるはずだ。漂泊の日夜、わたしはこんな奇異な期待の微熱にほてりながら、うなされてばかりいた。こうして夢判じのように書き、書きながらわたしは、断絶した個体同士の絶望的な架橋作業に勤しみ、これこそ死者のなかに多く、青春というはずかしい呼び名に託される、酸鼻な夢の相同性を見出してきたゆえんである。ここにおさめられた断片的な記述のかずかずは、ほとんど発表の意図なく折々書きつがれたもので、当初は評論の体裁をとっておらず、評論集と名乗るもおこがましい未完の断章にすぎない。葬送すべき夢の独楽吟であり、亡き歳月へのレクイエムとでもいうべきだろうか。ねがわくは、読者諸氏の、あてどない精神の彷徨にあてどなく打たれたこれらの里程標を辿る煩瑣から、まぬかれんことを。
この書の胎期に、得がたい出会いと耐えがたい別れを、同時に味わなければならなかったのも、一冊の本の陣痛期にあっては当然だっただろう。わたしの初期の詩篇にちなんで《黄昏の系譜≫と命名されたこの書のうまれるには、日高遙一氏、この新生の未熟児を過分に装わせてくださった谷川晃一氏の心づよい介添えがあった。夢の破産を記念するこの書の誕生に立ち会ってくれた方々、そして、刊行すなわち青春のひとつの破産の事後処理をひきうけてくださった斎藤慎爾氏に、感謝したい。
(「相夢(ゆめあわせ)の辞」より)
目次
Ⅰ
- 村山槐多論
- 1 美醜の彼岸
- 2 魂の廃都の皇子
- 幻の地平線―関根正二ノート
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
- ≪悉無律≫ 論――あとがきに代えて
相夢の辞