
2017年3月、七月堂から刊行された白島真(1950~)の詩集。カバーは西村エリ。著者は京都市生まれ、刊行時の住所は岐阜市。
詩を書き始めてからかれこれ半世紀が経つ。私が十七歳、高校三年生のとき、父親が胃癌で死んだ。五十二歳であった。末期癌特有の症状でガリガリに痩せ衰え、死の直前まで吸っていた煙草にライターで火をつける体力も残っていなかった。医師からも見放され自宅でただそのときが来るのを待つばかりであった。死の数週間ほど前の夜だったが、彼が寝言でうなされ、私の名前を何故か連呼していた。その声が、もう父の享年をひと回り以上も上回ってしまった今でも、鼓膜にこびりついて離れない。父はどのような心境で私の名前を呼び続けたのだろうか。
父が死んだ直後のショックは大きかった。自分のベッドで横になっていたとき、比喩ではなくベッドごと身体が地底に吸い込まれていくような烈しい感覚を覚えた。
やがて詩との出会いがあった。詩を書くことは私にとって救済であり、自らのタナトスへの憧憬を断ち切る手段でもあった。大学に入ってからの失恋は私をますます孤独の側にひきつけ、生きることに、もがき苦しんだ。異界がどこかに存在するのではなく、今この生こそが異界なのではないかという強い思いに、日々とらわれていた。
この詩集は私のこれまでの生の全記録とも言える。二十代から今日までの詩をあえて収録した。特に若いころの詩は未熟でもあり、収録の際、削った作品も相当数ある。
二十代前半は「詩歌句」という詩人が多く集まる酒場に入り浸っていた時期がある。そこで出会った歌人、福島泰樹氏は私の人生観、文学観に大きな影響を与えてくれ、今日でも与え続けてくれている。当時、私の祝宴に「何故、俺を呼ばないんだ」と温かいメッセージをくれた清水昶氏もすでに幽明境を異にされた。そのあたりのことは福島泰樹氏が、跋文で詳述してくださったので繰り返さない。札幌では、詩人中森敏夫氏や歌人賀村順治氏との交友、数年に亘る福島泰樹氏の「短歌絶叫コンサート」の招聘、吉増剛造氏との「歩廊」朗読会参加、今は亡き舞踏家、大野一雄氏の招聘、菱川善夫氏主宰のカルチャー参加、など今回の詩集を纏めるにあたって、様々な思い出がよぎった。単なるノスタルジアに耽ることなく、今後の詩作の糧にできればと思う。終の棲家とし骨をうずめるはずの札幌であったが、事業の解体、家族との別離、新たな出会いに導かれ、五十前にして妻の住む、岐阜に居を移した。
そして母親は父の死後、残された姉と私のため四十代にして初めて「社会」に出た。多くのストレスを抱えたが、晩年は比較的穏かな時間の中に生き、数年前、私の腕のなかで逝った。今ここに存在する不思議を思いつつ、亡き父や母、姉、友人たち、そして何よりも私の詩のよき理解者である最愛の妻、西村エリに感謝したい。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ(二〇一六年)
- 雪豹
- 薔薇の痛み
- 夏をみる人
- にょいりんさん
- 剽窃
- 不思議な仲居さん
- 花の化石
Ⅱ(一九七四年~)
- 断章・獏の沈む水平線
- 澱む月夜
- ひかりあれひかり
- ぼくの内側から崩れていく海
- 優しく歪んだ炎のうた
- 死水晶
- 失恋
Ⅲ(一九八四年~)
- 影
- 死せる管理人K氏
- 白壁
- 木魚
- 入浴
- ダブルソネット 祭りの心象
- 欲動の振子
- オムニバス「展覧会の音」
- 家族論
- 発寒通信 「界川遊行」Ⅰ
- 発寒通信 「界川遊行」Ⅱ
- エロースの華
- 歩廊のためのノート 吉増剛造氏と
- 連作詩 三笠紀行 西村エリと
- 生誕祭
- サーカス
- パチ狂い
- 喪失
Ⅳ(一九八八年四月)
- 長編詩 肉体の創世記
復活の歌 福島泰樹
あとがき