
2007年3月、北冬舎から刊行された佐伯裕子(1947~)の第5歌集。装丁は大原信泉。
これまでに経験することのなかったような時代の変動の中で、取り戻しようもなく時間を積み重ねてきました。大きな時代の流れは、いやおうもなくわたし自身に、またわたしの身のまわりに浸透してきています。いままでは怖くなかったことも身に沁みて怖ろしく感じられ、人は脆いものだと、つくづく思うようになりました。だからこそ、瞬時の生命のありようを短歌に自然に表現できたらいいと考えてきました。自然に、背伸びをしないで作りたいと思ってきました。けれど、ひびきの心地よさに充足して、一首の中に感情が小さくまとめられ、回収されてしまうことには抵抗を覚えています。ひりひりと変動する時代感情を表現しつづけたいと願っています。
またいっぽうで、ゆえの知れない郷愁の衝動が寄せてきているのを感じています。それは、思い出というものとは違っており、既視感というような現象でもありません。ふとした折りに、まるで水の面を透して景色を見ているような懐かしさが込み上げてきて、自分でも困惑してしまう瞬間がたびたびあります。追いかけても、つかもうとしても、手の届かない水の向こうの風景が、ただゆらゆらとした悲哀となって押し寄せてきます。アルバムの一葉に触れて回顧するのでもない、少女期に住んでいた街をそぞろ歩いて涙するのでもない、身体の奥のほうから膨らんでくる底の知れない懐かしさです。そのようなもの狂おしい衝動がほんとうは何であるのか、わたしはまだ知りません。
郷愁、あるいは思郷のこころとは、ある種の病いなのではないかと思うようになりました。身体の中に積み重ねられてきた時間の層が、いま現在を生きるわたしの「生の時間」を浸食してしまうときがあるのです。短歌を作りつづけることで、水面の向こうの景色をとり返せる日がやって来るのではないか。そう信じて、このたびの歌集名を『ノスタルジア』としました。
本集は、「寂しい門』(1999年刊)につづく第五歌集で、1998年から2002年までの作品を収めました。このあいだに、「家族の時間』『生のうた死のうた』というエッセイ集の刊行もあり、さきの歌集よりすこし時間があいてしまいましたが、2003年以後の作品も引き続き上梓する予定です。そちらの集は『みずうみ』と名づけました。
最後になりましたが、歌集出版にあたりまして、昨年の6月に永のお訣れをいたしました、生前いつも慈眼をもって見守って下さった近藤芳美先生に改めて心からの感謝を捧げます。また、いつも励まして下さる歌の仲間、本書装丁の大原信泉氏、北冬舎の柳下和久氏に、御礼を申し上げます。
(「あとがき」より)
目次
・一
- 静かな風
- 声
- 春昼
- 大空
- 少年論
- 公園家族
- 道
・二
- ああ
- 草色の髪
- 通信傍受
- フロリダバンド
- 耳鳴り
- 多摩川
- 二千年の青空
・三
- 早春
- 鰐
- 鶏 フェルナン・レジェ
- 天の小家族
- 蝶と象
- 武蔵野
- ヒトゲノム
- みず
・四
- ノスタルジア/少女論
- 頽廃の森
- 渚
・五
- 暦
- ここにまた
- アジアの杖
- 伝説
- 鳥打帽子
- 終わらぬ家族
- 童子
- 西郷星
- 蜩は鳴きましたか
- 美し葦原
・六
- ニューヨーク爆ず
- 冬の戦争
- 瓜と小麦
- いまアジアは
- ペン先で
- いまは、日本。長歌2002年春
- うすももいろの国
- 孤心
- 剥がれてゆくもの
- 家族の時間
あとがき