斎木創 斎木創歌集

 1997年2月、角川書店から刊行された斎木創(1914~1995)の歌集。編集は斎木創遺歌集刊行委員会。かりん叢書101篇。

 

 斎木創兄は亡くなったが、二歌集をこの世に遺すことができた。平成元年出版の『海のこだま』と、この『斎木創歌集』で、共に、斎木兄が所属した「歌林の会」の岩田正先生と会員の瀬木志津江様を始め皆様の労をいとわぬご奉仕によって編纂発行された。かつて、明石海人は、医官であり歌人でもあった内田守人先生との出会いから、かの有名な歌集『白猫』の出版となったが、斎木兄は岩田正先生との出会いから、歌集『海のこだま』、更に『斎木創歌集』が生まれた。海人も創も、病苦にもめげず作歌に励むひたむきさと、豊かな才能の煌めきが先生達の心を引き寄せたのであろう。岩田先生は、当園の機関誌「青松」の斎木創追悼号に寄せられた<『海のこだま』小論〉で秀作を論評されているが、その結びで「海人以来、ハンセン病歌人のすぐれた歌はすくない。にもかかわらず私が殊更斎木さんの歌を推すのは、こうした斎木さんの生き方を、見事に反映させたこれらの歌によることは、言を俟たない」と述べられていて、私は名伯楽に見出だされた斎木兄の至福を思わずにはいられなかった。
 「病みしすら糧とし歌いよろこびつどこかひょうきんさ漂う余生」の作は、誰かを対象にした叙し方だが、斎木兄の生き方にそっくりである。咽喉切開、失明、失明後の骨折による歩行困難などの苦難にもめげず、柔軟で繊細な感受性、純粋さを失わず、詩人の心眼で苦難を見据えて詠みついでいる。「股にはさむ瓶に注ぐ力なきゆまりながらもいと温かし」とこのように心にゆとりをもって詠まれた歌を見るとき、苦難克服の達人のように思えてくる。
 二十歳で療園に隔離された斎木兄の六十一年間の療養生活は、闘病と同時に「らい予防法」との闘いでもあった。人権無視の法の改廃を願いつづけながら、やっと闘いとった廃止の日を目前にして命尽きた。あと半年を生きて人間回復の喜びを歌いあげて欲しかった。無念やる方ないが、遺された二歌集は生きつづけ、予防法廃止の遅過ぎた責任を問いつづけてくれると思う。
(「生命の輝き/政石蒙」より)

 

 斎木創さんの歌は、失われた数々の夢、不遇であった青春の思いの奪還の歌である、と私は考えている。その抒情の底に流れているものは、くやしみである。そしてそのくやしみを梃として、人生かくありたい、かくあらねばならぬといった、実に真摯で執拗な追求の心が、終始おとろえることなく流れている。
 実に意志的な男の歌である。私は奪還と言った。具体的には何か。それはきわめて概括的に言えば、人間性回復のための闘いである。人間をかえせということである。闘いといったが、この歌集でみるかぎり、表現は穏やかで、物や他者に対して謙虚なもの言いが、目立つのではあるが、それは斎木さんが、現在では想像もできない、戦前戦中の、実に劣悪な環境や抑圧と、勇気ある闘いを展開してきたからである。
 大巾に改善された戦後の環境の中で、こうした斎木さんの培ってきた意志的な生き方は物や人間への、かぎりないあこがれ、やさしさという形で、抒情として奔流したものと見てよいと思う。
 斎木さんぐらい、ものの動き、心の働きに敏感な人はいない。病者特有の勘のはたらきだ、なぞということですませないものがある。指を失い、眼を失い、五官のはたらきを失ってゆきながら、耳をはたらかせ、舌をはたらかせ、そしてそこに鋭い類推力・推理力を加味して歌ってきた。だから斎木さんの歌の一首一首が観念的にならず、実に臨場感溢れる具体を伴った歌となっている。驚くべきことだ。この持続的意志力に、私は頭を下げる。
 斎木さんは、馬場あき子の歌と人柄に惹かれて、「歌林の会」に入ってきた。その後、私との時折の長い手紙(斎木さんの代筆者の方々、本当にご苦労さまでした)のやりとりから、私との交友は深化した。私は斎木さんの住む大島に何回も渡っているが、『海のこだま』の出版記念会のとき、海岸の小さな休憩所で立ったまま見えない眼をむけ、十数名の仲間を引きつれて舟を上って近づいてゆく馬場の方をじっと見ていた小さな痩せた斎木さんの姿を、かなしい気持で今でも思うのである。
(「まことのうたびと/岩田正」より)


目次

  • 第一章 『海のこだま』抄
  • 未明(昭和二十六年~二十八年)
  • 薄明(昭和三十一年~三十六年)
  • 黎明(昭和五十六年~六十年)
  • 曙(昭和六十一年~六十三年)
  • 第二章 『海のこだま』以後
  • 本編まるる法悦(昭和六十四年一月~平成元年四月)
  • 授かりぬ詩子(平成元年五月~十二月)
  • 重き歳月(平成二年)
  • 盲目多樣(平成三年)
  • 季の声(平成四年)
  • 栗の小島(平成五年)
  • 歌といのち(平成六年)
  • SLの旅(平成七年)

まことのうたびと 岩田正

生命の輝き 政石蒙
共に学んだ十年余 松浦篤男
あとがき 瀬木志津江


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