このブログについて

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bookface=本の顔=表紙=書影=装幀=装丁=装釘=装本=装画。所有している本や新たに購入した本の備忘録。新刊本よりも墓石化している古書が多い。感想文を書くことがあるかもしれないが、基本的には表紙(裸本の場合は扉)と目次と書誌情報。第○詩集という記述には不正確なものもある。

本家ブログ「(いそがい・はじめの)杉並ファクトチェック」もよろしく。(2019.2.26)

杉並区に古本屋さんは何軒あるの?
杉並区に詩人は何人いるのか調べてみました
 

ヤフオクで全額募金のチャリティ・オークションを始めました。昨年、郵送料が変わったので試行錯誤すると思いますが、ご登録のほど、よろしくお願いします。お宝があるかもしれませんよ! 出品リスト→ https://auctions.yahoo.co.jp/seller/hisogai (2019.4.2)

 衣更着信詩集『孤独な泳ぎ手』と衣更着信訳『人生摘要 英米現代詩集』を国会図書館に寄贈しました。(2019.6.11)

南陀楼綾繁さんの取材を受けました!
→ シリーズ古本マニア採集帖 第11回 磯貝一さん 「ことば」のルーツを探るひと

ヤフオクのチャリティオプションが無くなりましたが新型コロナ禍の中でどうしたらよいものか。寄付先を含め再開検討中です。(2020.12.31)

句集東風 第二輯 大島青松園邱山会編

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 1953年7月、大島青松園協和会文化部から刊行されたハンセン病句集。

 

 私等の詩碑として、五百二十二句を再び世に送る事の出來ますことは此の上もない欣びであります。
 本句集は昭和十一年に発行されました、「邸山句集」に次ぐ第二句集でありまして、量質共に貧しいものでありますが、日々むしばまれゆく病の進行速度と、視野の狭さ、刺戟なき風景の二重苦三重苦の生活からにじみ出た私等の切実な叫びとして、兎に角精一杯のものであります。
 十年一ト昔とか言われますが、健者ならざる病者にとつての十八年は大変な長い期間であり、したがつて当時(第一句集)の発刊に当りました会員は僅か、黛水長風の二名にとどまる寥々たる有様です。
 今回集錄した作品は各俳誌を通して各々主宰者の選を経たものゝ中より自選と致しました現会員十九名によるものでありまして、この十八年間に中絕致しました諸氏の作品につきましては惜しくも紙巾の都合によりまして記載出來得なかつた事は誠に残念に存じます。
 七月十八日は、私等にとつて終生忘るゝことの出來ない恩師、故「林東風」先生の六週年忌に当り、師の仰遺德と御恩情を偲ぶと共に、追悼記念号として発刊致します意味に於て師のペンネームになぞらい「東風(こち)」と致します、私等はこの句集を亡き師の霊に捧げまして冥福を只管祈るものであります。
 この句集が一本となつて世に送られますまでには、直接間接に多くの方々の御憲力によるものと深く銘記し、特に園長先生の序文を戴きました事に対し厚く感謝致しますと共に、文化賞に窮しあへぎつ発刊の私等の実情をよく御理解下さいました印刷者、近藤貞三氏の御同情により斯くした良紙、裝慎の出來得ました事に敵意を表し、併せて園当局、入園者協和会の物心両面の御援助に対しまして只々歓喜と感謝に堪えぬ次第であります。
 尚俳句は私等の実生活の上に潤浸なる役割を果すものとして、たとえ俳句が第二芸術でありましようとも、私等の作品が文学的価値の無き寥々たる溜息にすぎないものでありましようとも、私等は生きる喜びを甲斐あらしめる為に、人間として最も真面目なる更生の道と信じ求めて來ました。私等は純眞なる句の天地を得、句の生活によつて、社会的、思想的、肉体的苦脳も、人間的不幸も慰められ、生活力は強化され、自から無限の健康と化してくるのであり、人間としての生活を獲得するのだと思います。たとえ身は病み朽ちようと心だけは健かに新鮮な、淡刺とした更生の道として改めて明瞭に認識するものであります。
 本作品に於て私等の実生活の特色が少しでもにじみ出てをりますならば私等は此の上もない幸福であると、かすかなる希みを抱き乍ら、この句集氾濫の世にあえてお送りする次第であります。
(「編集後記」より)

 

 
目次


序 野島泰治
・作品

  • 辻長風
  • 藤田薰水
  • 上野青翠
  • 飯塚飛兔子
  • 山田静考
  • 岡崎光年
  • 桂自然坊
  • 津田住惠
  • 青木湖舟
  • 里見一風
  • 蓮井拡水
  • 野村千秋
  • 吉田美技子
  • 青山孝
  • 高木暁生
  • 浜田秋津
  • 武田眞碧
  • 天龍清
  • 前田野菊

編集後記

  

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夫婦百景 獅子文六

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 1957年11月、新潮社から刊行された獅子文六(1893~1969)の随筆集。装幀は西山秀雄。

 

 「夫婦百景」は、最初、婦人俱楽部に、数年後、主婦の友に、それぞれ連載した。夫婦論から中間夫婦までが、前者の掲載の分で、それは、私の持っていた材料で書いた。
 主婦の友掲載分は、最後の一章を除き、読者から材料の提供を受けた。人から材料を貰って書くのは、ラクな仕事だと考えていたら、事実はそれに反した。材料といっても、書いた人の色がついてるから、それを洗い流して、もう一度眺め直すだけでも骨が折れた。また、実在する人に2対する顧慮も、なかなか面倒で、中には、ケースだけ貰って、後日自分のものにしたのもある。要するに、夫婦百景なんていうちのは、見物するのも、容易でないことがわかった。
(「あとがき」より)

 


目次

  • 夫婦論
  • 美男と美女の夫婦
  • 強情妻
  • ある恋愛結婚の夫婦
  • 関自亭主とその妻
  • 失格女房とその良人
  • 中間夫婦
  • 母親女房
  • もう一人の母親女房
  • アベコベ夫婦
  • 学生夫婦
  • 惜春女房
  • トの字の夫婦
  • 三十三年目の復縁
  • 天使夫婦
  • 若い、若い夫婦
  • 非夫婦・夫婦


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超える影に 畑中良輔詩集

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 2002年2月、不識書院から刊行された畑中良輔(1922~2012)の第1詩集。著者は福岡県門司市生まれ。音楽家

 

 私の最初の詩集である。
 幼い頃から詩人か小説家になりたくて、学業はそっちのけ。文学書を読み耽っていたが、いつの間にか音楽家になってしまった。それでも何とか詩みたいなものは時々書いていて、今それらを読んでみると、まさに噴飯ものであるが、その中から何とか少しひろい出してみた。
 ここには昭和十二年、中学三年の頃からのものから始まっている。この頃はシュールレアリスムに凝っていた頃で、特に私は春山行夫の尖鋭な詩論に傾倒し、作品としては北園克衛西脇順三郎に熱中した。滝口修造の著作も熟読した。当時、季刊で《詩と詩論》が最前衛の詩論を展開しており、これらの叢書は今なお新鮮で刺激的である。この中学三年の時から前衛自由律短歌(当時は”新短歌”といった)の「短歌と方法」(逗子八郎主宰)の同人に加わり言語感覚を磨いた。木原孝一同人に加わっていた。
 この頃、全国の文芸同好の中学生たちで作っていた同人誌「星眸」が創刊され、以来毎号作品を寄せた。この詩集の最後の「油絵とデッサン」は中央の文芸誌「若草」の全国同人誌評の中で、「アポリネールふうの雰囲気を狙ったものだが、地方の中学生の作品としては~垢ぬけしたもの、といえる」との評がのせられた。
 この詩集の「超える影に」は三善晃、「四季の歌」は中田喜直、Ⅱの四篇は大中恩の諸氏により作曲された。
 この一冊を編むについて、詩友相澤啓三氏、また出版に当って不識書院の中靜勇氏の御世話になった。この欄を借りて御礼を申し上げたい。今後、少し時間が出来るようになったら、また次の一冊を編みたいと思っているのだが……。なお、作品によっては旧仮名を新仮名に書き直したものもある。
(「あとがき」より)

 


目次

  • 超える影に
  •  水
  •  光
  •  海
  •  山
  • 四季の歌
  •  春の歌
  •  夏の歌
  •  秋の歌
  •  冬の歌
  • 牧歌
  •  春の墓
  •  麦笛
  •  風
  • 哀傷
  • 天の罠

  • 地球ってヘンですね
  • サッちゃんの家
  • 乗物
  • 散歩

  • Elegy
  • 抒情歌
  • ふるさと
  • 青い旅行
  • はながたみⅠ
  • はながたみⅡ
  • きしゃにちゅういせよ
  • REQUIEM

  • えちゅうど

  • ごけさんぶね
  • 油絵とデッサン

創作年と初出及び出演者
あとがき


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ドイツの執念 獅子文六

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 1958年9月、大日本雄弁会講談社から刊行された獅子文六(1893~1969)の短編小説集。装幀、扉は益田義信。

 

 この書には、私が国外に取材した作品の全部(長編「達磨町七番地」を除き)を、収めた。戦前から戦後にかけて、三十年近い時期の折々に、書いたものである。
 国外といっても、主として、パリ生活――その中の日本人を描いたものだが、私自身の青春が散在してる点で、懐かしい。校正刷を読み返すと、あの時のこと、あの人のこと、そして、あの時の自分という風に、回想が涯なく湧いてくる。文中に出てくる「私」は、大体に於て、私自身であり、誇張はあっても、ウソの少い書き方をしている。「ドイツの執念」は最近作であり、且つ、最も長く筆を費したので、表題に用いたが、この材料も、三十年前から、私の腹の中にあった。ドイツや日本のことも書いてあるが、私の気持としては、やはり、これも、パリ生活の中から、生れたものである。
(「あとがき」より)

 
目次

  • 芸術家
  • 諏訪君の失敗
  • 日本贔屓
  • 豪傑
  • 西貢まで
  • 欧亜二人旅
  • 桜会館騒動記
  • 日本敗れざりし頃
  • 沈黙をどうぞ
  • パリのレニン
  • 空旅の情
  • モモタロウ
  • 万国の個人
  • ドイツの執念


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骨片文字 栗生詩話会編

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 1980年11月、皓星社から刊行されたハンセン病合同詩集。

 

 栗生楽泉園の詩話会の合同詩集『くまざさの実』が刊行されてから七年経った。そのときの詩人のうちの六人に、新たな詩人四名が加わって、今回の十人詩集『骨片文字』が編まれることになった。新たな詩人という言葉を用いたが、それは「若い詩人」を意味していない。五十歳、六十歳にちかい、新しく書きはじめた人たちである。晩年になってなぜ、詩を書きはじめようとするのか。「詩は青春の所産である」という通俗的な想定から判断するならば奇異であろう。
 この詩集を、たんねんに、注意ぶかく読んでいただきたい。明治四〇年生れの武内慎之助さん(故人)を除けば、平均年齢は五十四歳。老いてなぜ詩を書くのか、という問いに対する答えは明らかである。詩が青春の所産であるならば、まさにその青春のすべてが奪われたから詩を書くのだという、すさまじい文学的な弾性が、この十人の詩人のなかに存在しても不思議でない。
 かってわたしは、草津のこれらの多くの人々が綴ったライ文学に、四つの要素をあげた。一は自殺。二は望郷。三はボディ・イメージ(環境への身体的写像)。四は全体的回復。一つびとつについての解説には紙幅がないので省略させていただくが、この『骨片文字』についていえば、一の自殺のキイワードが消失、あるいは隠されて、二、三、四が主な旋律をつくっている。とくに、二の望郷がつよい。これは外の社会のような古里志向とは異なるもので、故郷や祖国から追われ、断ち切られ、阻まれた者が、帰国すべき肉体と心を、この場所に終らせなければならない、無念と飢餓感の望郷である。三のボディ・イメージについては、十人の詩人のうち、三人が全盲、一人が弱視である。全盲であるにもかかわらず、一輪の花が自分に顔を向けているかどうかを判断しようとする詩があって、環境世界と肉体との対応において、作者が緊張的に生き、描写しようとした現実を、わたしたちは発見する。
 このようにして、奪われた人間がかろうじて主張しようとするわが生が、詩となる、かぼそく、小さな生の声であり、じつはそのことが、他の何者もなしえなかった大きな主張=全体的回復への渇望の声となる。いま、草津の「つつじ公園」、碑のそばに立つと、足もとの赤土に白く乾いた小石のようなものの散乱をみ
 る。掌にのせれば軽い。それは無数の骨片だ。砂礫のように小さなものが、生者と死者の共有の記憶である。それらが文字となってなお残ろうとする。日本からやがてライが消えても(すなわちハンセン氏病の人が死に絶えても)、この詩集が消えることのないように、誰かの手に確実に渡されてゆくように、せつに願っている。

 作品順は作者の生年順にしたがった。(敬称略)
 武内慎之助 一九〇七年(故人)
 加藤三郎 一九一〇年七〇歳
 古川時夫 一九一八年 六二歲
 香山末子 一九二三年 五八歲(韓国)
 藤田三四郎 一九二六年 五四歲
 C・トロチェフ 一九二八年 五二歲(ロシア)
 越一人 一九三一年 四九歲
 小村喜代一 一九三一年 四九
 谺雄二 一九三三年 四八歲
 山口謹史 一九三四年 四六歲(当園職員)

 最後に視力障害者の口述の詩を筆記してくださった、見知らぬ方々に厚くお礼を申しあげます。
(「持たざるものを書く/村松武司」より)

 

 

 詩の会が楽泉園で始められたのは戦後間もない昭和二十二年、機関紙『高原』が初発刊された頃、編集に当っていた高橋晴緒氏外何名かの若い療友によってなされた詩作活動が発端となっています。
 昭和二十七年の秋、詩人の大江満雄先生を選者としてお迎えし指導を仰ぐようになってから栗生詩話会として発足しました。その後大江先生に引きつづいて、昭和三十二年から、彫刻家で詩人の井手則雄先生の指導をいただき、十年余の成果とも云うべき第一合同詩集『草津の柵』を出版しました。そして昭和三十九年十一月から村松武司氏に、指導と選稿を担当ねがい昭和四十八年五月、第二合同詩集『くまざさの実』それに次ぐ今回の第三合同詩集『骨片文字』を世に送ることが出来ましたことは、よき指導者をお迎えできた賜物と感謝しているところであります。
 しかし詩の会が楽泉園に誕生して三十有余年の間、その変貌は著しく、隔離撲滅時代とも云われた療養所が、昭和二十三年のプロミンの出現と合せて医学の進歩等著しく、入所当時には考えることの出来なかった療養生活に我々は生きる喜びを感じるようになりました。従ってリハビリテーションによって不自由だった機能を回復させ天寿を全うさせようと云う機運が高まっている昨今であります。
 合同詩集『骨片文字』の作者は、あの暗い療養生活から現在の明るい時代に生き、その体験を歌い続けてきました。不治の病いと云われた、この病気も治癒する時代に生きながら、その明るさに向って詩作するとき、いまもなお隔離時代の影が覆いかぶさって来るのです。それは閉ざされた痛みの疼きであり、その記憶は詩作のペンをにぶらせてしまいがちです。その疼きに向って私たちは思考し、年々重なる障害を克服するために作品を書いてきました。これが少しでも暗い過去をのり越えた明るさに近づけばと念いながら生きて来た、私共の心の証でもあります。
(「後記/加藤三郎」より)

 

 

 

目次

序 小林茂
持たざるものを書く 村松武司

・武內慎之助詩集

  • 納められた骨
  • 橋下の秋
  • 妻の手
  • 雑居生活
  • 岩の家
  • 足を断つかと問わるる
  • 忘れられた風鈴

・加藤三郎詩集

  • 僕らの村
  • 食堂の味
  • 何がどう変っても
  • あなたがたは倖せですか
  • 僕らの村の菊花展
  • 夏の日に
  • 雪の中の畳
  • 雪の降った夜のこと
  • おもいでの白い歯
  • ある影像
  • 甦ッタ面影
  • ふるさとの地蔵さま
  • 生の重味
  • 慰霊祭
  • 風邪に臥して
  • 無影灯の下で
  • 追憶の影

・古川時夫詩集

  • 高原は四月
  • 日めくり
  • 午後八時
  • 消えた指
  • おれの古里
  • 怒り
  • 兄への土産
  • 私のくす玉
  • 白檀の首飾

・香山末子詩集

  • 韓国の夏
  • ふるさとの郵便
  • 何か
  • 夢の中の子供
  • 汐風
  • 六月二十四日
  • 硝子戸と冬
  • 好きな川
  • 手さぐり
  • 六月十日
  • 松のかげ
  • 故郷韓国
  • 地獄谷
  • 指と目
  • 買物の話

・藤田三四郎詩集

  • 暗夜の中から光へ
  • 雑草取り
  • 旅に向って
  • 時は刻まれる
  • 五十四年元旦の朝
  • 手袋のささやき
  • 切符を手にして歩く
  • 心に生きる母
  • 恵ちゃんとの出会
  • 四月一日
  • 元旦
  • 五二年一月二九日
  • 小さな故里
  • 春光

・C・トロチエフ詩集

  • 冬のうた
  • 黒人のうた
  • 旅のうた
  • 日比谷公園
  • ロジナ
  • 病院
  • ダム
  • 畝傍山
  • こうふく
  • 岡真史君
  • ふるさと

・越一人詩集

  • 帰郷
  • 時間に
  • 靴下
  • 秋の蝶
  • 青春
  • 湯気のむこうに
  • その日
  • ベッドの窪み
  • 天気
  • 二月
  • 病んでいた夏
  • 流れ星
  • つつじ公園にて・第一章・残骨拾集 第三章・血のりの薪 第七章・あの赤い屋根の下で 第十章・一輪の花

・小村喜代一詩集

  • 幻覚
  • 同居人
  • 石廊崎
  • 無題
  • 孤独

・谺雄二詩集

  • 追悼三題・告別はせず
  • チチよ
  • 会議を終えて
  • 夢の雪の中で

・山口謹史詩集

後記 加藤三郎


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