このブログについて

 

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bookface=本の顔=表紙=書影=装幀=装丁=装釘=装本=装画。所有している本や新たに購入した本の備忘録。新刊本よりも墓石化している古書が多い。感想文を書くことがあるかもしれないが、基本的には表紙(裸本の場合は扉)と目次と書誌情報。第○詩集という記述には不正確なものもある。

本家ブログ「(いそがい・はじめの)杉並ファクトチェック」もよろしく。(2019.2.26)

杉並区に古本屋さんは何軒あるの?
杉並区に詩人は何人いるのか調べてみました
 

ヤフオクで全額募金のチャリティ・オークションを始めました。昨年、郵送料が変わったので試行錯誤すると思いますが、ご登録のほど、よろしくお願いします。お宝があるかもしれませんよ! 出品リスト→ https://auctions.yahoo.co.jp/seller/hisogai (2019.4.2)

 衣更着信詩集『孤独な泳ぎ手』と衣更着信訳『人生摘要 英米現代詩集』を国会図書館に寄贈しました。(2019.6.11)

 

裸のカフェ 横田創

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 2002年8月、講談社から刊行された横田創(1970~)の短編小説集。カバー写真はホンマタカシ、コラージュはAKAKO、装幀は服部一成

 

目次

  • 裸のカフェ
  • 似ていない人
  • あれから、ずーっと、かい?

亡霊カフェの心得 あとがきにかえて


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花を踏む死者 金沢星子詩集

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 1975年9月、地球社から刊行された金沢星子(1917~)の第3詩集。装幀は熊谷博人。地球叢書6。著者は神戸生まれ。刊行時の住所は世田谷区奥沢。

 金沢星子さんの主題はこの第三詩集で、ようやく死へ向けて、ゆるやかにかたむきはじめたかにみえる。
 ここで語られる死は、もはや生の威嚇的な対峙者、日常の死角へ待伏せる暗い悪意としてのそれではない。死はここでは、むしろ生の香気のように語られる。そして詩人はその叙述を通して、死との和解をいそいでいるかにみえる。あるいは死の側からの和解を、しずかに待ちうけているかにみえる。死はすでに予定恐怖であることをやめ、予定調和の領域へはいりつつあるのであろう。
 ここでは死者たちは、招かれる死そのものである。ここでは薔薇が(「薔薇」)、あるいは鈴蘭が(「鈴蘭」)、そして生命そのものの母胎である海が(「浜辺」)、それぞれに死の香りをただよわせつつうたわれる。
 ここでは死と死者は、音もなく詩人によりそい、いわれなく詩人をわずらわすことを、ひっそりとおそれる日常の随伴者である。
 死をおそれるまえに、いちはやく死になじんで行くこのような姿勢を、詩人はいつ、どこで育んだのか。それをたずねることを、私はおそれる。
 だが、美において死になれることの危険を、おそらく詩人は知悉しているはずである。美が死へ仕掛けられた罠であるのか、あるいは死が美へ仕掛けられた罠であるのか。おそらくは死と美とのこのあやうい均衡、可逆性のうえに、彼女の詩は組立てられているのであろう。
 これらの詩篇のなかに、いたく私をおどろかす一篇がある。


わたしが殺せないところまで
成長した子供よ
ありがとう
わたしにとって 保護すると云うことは
逆に殺し得ると云う重さだった
            「季節」から


 殺意を媒介として成立する、いわば通過儀礼ともいうべきこの発想に、背理としての愛以上のものを私はみる。もはや死におびえぬ寂寥のその直前にある痛みと戦慄に、この詩は直截に触れているからである。
 いいかえれば、彼女の死への平安と和解は、この危機的な認識を前提とすることによってはじめて成立するのである。
(「招かれる死者たち/石原吉郎」より)

 

目次

  • 鈴蘭
  • 浜辺
  • 季節
  • 葬列
  • 植物園
  • 薔薇
  • 羽音
  • 逃げ水
  • 旅立ち
  • 風紋
  • ひまわり
  • 恢復
  • 祈り
  • 淋しい祭
  • 弔詞のように

  • 夜の海
  • バラ星雲
  • ジャズ
  • めざめ
  • 復活
  • 願い
  • 語らい
  • 夕闇
  • 共鳴
  • 出航
  • ふるさと
  • 木枯し
  • 墓地

招かれる死者たち 石原吉郎
あとがき


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野雀は語る 新居格

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 1941年7月、青年書房から刊行された新居格(1888~1951)の随筆集。装幀は野間仁根。


目次

  • 市井人の獨語
  • 壺中言
  • 瑣事閑録
  • 或る日に思ふ
  • 在るがままに
  • 青年と新娯樂
  • 莱園の逍遥
  • モラエスの遺書
  • 人生老い莫し
  • 貧民の叡智
  • 小さな世界
  • 旅する心
  • 旅・講演・時間
  • 花に殘る旅情
  • 家居旅に遊ぶ
  • 生活ルボルタァジセ
  • お臺場見物
  • 己年の春
  • 春のやうな女
  • 夏三題
  • 夏の隨想
  • 讀書餘録
  • 自由・不自由
  • 地下・地上・空中
  • 斷片語
  • 競馬の映畫と文學のこと
  • 將棋四方山話
  • 燕雀の志


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まぎれ野の 木村迪夫詩集

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 1990年10月、書肆山田から刊行された木村迪夫(1935~)の第10詩集。装幀は青山杳。著者は山形県上山市牧野生まれ、刊行時も牧野在住。

 

 今年は春さきからどうもおかしい。四月の芽ぶき、開花期は異常に寒く、サクランボの花は思うように咲ききれなかった。プラムなども咲くには咲いたが、蜂も飛ばず受粉ができない。雨期の六月は逆に旱魃ときた。くだものの玉はりは悪く、ぶどうもリンゴも小粒小玉ばかりだ。稲、野菜なども例外ではない。
 七月。梅雨あけの今どきになっても、雨はあがらない。スコールのような激しい雨が毎晩のように襲ってくる。今年も寒い夏なのでは、と村びとの気持は安まらない。暑い日がやって来れば来たで、今度は水不足の心配だ。心配するために生れてきたようなものだ。
 百姓が百姓仕事だけでは暮しがなり立たなくなってしまった、という現実も一方には存在している。いまや日本の村じゅうが兼業化してしまった。わたしの村も同じだ。そしてわたしもだ。自治体職員だったり、農協職員だったり、工員だったり、スーパーのパート職員だったりというように。
 村の風景も変った。萱葺き屋根などは、わたしの村ではもう見られない。痛やチョコレート色のトタン屋根が、陽にさからいギラギラと光り輝いていて、まぶしい。
 けれど家の奥座敷には累代の位牌があり、線香の煙は絶えない。村祭りは昔どおりにあるし、畦せせりはあるし、屋敷の境い争いもときどき。変ったことと言えば、昔のように派手に丁丁発止とやるのではなく、陰気臭くなった。知的で陰気臭くなってしまった分だけ、村も人も近代化されたというべきか。厳しい村ぐらしのヒズミの由縁なのか。
 それでも、自死者が出たとか、暮しをすててマチ場に下ってしまったという話は、ことマギノ村に関しては聞かれない。みんなこの村に生れ、この村で死んでいく。わたしもだ。
(「あとがき」より)

 
目次

  • むら・幻・方法
  • 夢の記録
  • 魂立ち・霊立ち
  • 少年記
  • 一番遠い場所
  • 陽の国のむらの記
  • 見える場所で
  • 東京へ
  • 異郷への途
  • まぎれ野の
  • マギノ村
  • むら論

あとがき


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領事館の虫 八尋舜右詩集

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 1989年7月、花神社から刊行された八尋舜右(1935~)の第1詩集。装画はマッキー・コーダ、装幀は熊谷博人。著者は平壌生まれ。刊行時の職業は朝日新聞社出版局勤務、住所は川崎市宮前区。

 

 折りにふれて詩を書いてきた。詩集を出すよう勧められたこともあるが、その気にならぬまま三〇年がすぎた。
 それが、昨年の正月、唐突に、出してみようか、という気になった。われながら思いもかけぬ五二歳の異変であった。そのことを晩飯の食卓で口にすると、息子の陽一郎が「親父もそろそろ死ぬな」といった。晩夏、その息子が死んだ。
 遺体を確認に北行する車中で、夭逝した北の詩人、寺山修司のことを思い出した。寺山とは、少年時代から郵便で作品を交換し、いっしょに雑誌を出したりした。上京して、最初に会ったのも寺山だった。桜の樹のしたで、たがいにはにかみながら握手した。死んだ息子とおなじ年頃の思い出である。青山の仕事場で最後に会ったとき、寺山は痛々しいほど衰弱していた。励ますっもりで、「銀座で酒を飲もう」というと、「いや、酒はいい、うまい飯を食わせてよ」とかれはいった。約束を果たす間もなく、寺山は逝った。北国で息子の骨を焼いていると、寺山のそのときの声音が耳底によみがえり、「今晩帰る。晩飯を頼むね」青森から電話してきた息子の最後の声と重なった。
 一つの想念にあえてこだわり、かぎられたことばで、ひたすら似たような作品を書きつづけてきた。友人たちには、ソフィストとよばれている。総数八〇余篇。そのなかから、三〇代以前の作品はすべて捨て、一七篇だけ残した。なかに、詩集としてのまとまりを欠くのを承知で、歴史に材をとった詩を七篇収めた。未熟な作品だが、新しい試みだとして、熱心に勧め励ましてくだすった先輩詩人の好意が忘れられないからである。他に、今年になって書いた「領事館の虫」ほか、六篇の詩を加えた。
 息子の死後、日常のことばを失った分、作品のほうが饒舌になった。
(「あとがき」より)

 
目次

1

2

  • 夏焼城
  • かげろう菩薩
  • 唾の宗匠
  • オルガン信長
  • 逃げ首
  • 霧の梟
  • 黝い森

3

  • 子守女が松花湖へ帰る日
  • 娘娘廟の赤煉瓦
  • 領事館の虫

あとがき


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えれじい 木村迪夫詩集

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 1987年8月、書肆犀から刊行された木村迪夫(1935~)の第9詩集。編集・装幀は岩井哲。

 

 「二行詩」に入らないか、と推めてくれたのは、むらの女友だった。中学校の同級生であった彼女は、詩はかかなかったが、ぼくには"詩"を書くことを推めてくれた。ぼくには精悍な活動家への資質は無く、さればといって、黙々として百姓仕事に全精力を傾注するような勤勉なむら人にはなれそうもないことを、彼女は見ぬいていたのかも知れない。
 夏の夜の、満天の星空の下の土堤に寝ころびながら、自分たちの将来や、むらの行く末を語ったり、賢治や啄木を論じ合ったりしたことは忘れられない。その後、しばらくして彼女はむらを去ってしまった。
 「二行詩」という雑誌が、今も存在するのかどうかは、かいもく識らないが、たった二行で現代詩を書く、という手法は、てっとり早かった。その志向するところの主宰者の根拠は、露ほどものみ込めないまま、机に向う余裕など執れようはずもない当時のくらし向きの中で、枕もとに、ペンと紙切れを置いて夜に向った。
 一九五五年前後の、農村の近代化などいまだ気配さえ感じさせることのない、"もの言わぬ農民"の、絶望感に充ちた時代であった。したがって表現の方途は、ひたすらに己れの百姓としての社会的階級差別への糾弾へと走らせ、ときには自虐に陥り、ときには暗く湿った叙情にうらうちされたものばかりであった。三十年をゆうに経てしまった今、読み返してみると、あまりに未成熟なことば、むら流に言えば"けつの青味のいっぱいこびりついた"表現で、独り顔を赤らめている。顔を赤らめながらもなお、あの二十歳を前後した若かった己れの貌を、ひそかに想いうかべている。
(「自註」より)

 

目次

・昭和29年

  • 終局

・昭和30年

  • 夜明け
  • 抵抗
  • 煩悶
  • 母(父亡く)
  • 母(ねがお)
  • 雪景色
  • 醜世消ゆ(除夜の鐘)
  • 憤怒
  • 木立剪定(桑園)
  • 浅春(採種畑に立ちて)
  • 四月四日
  • 家計
  • 母の歴史
  • 畔塗り
  • 母の歴史
  • 哀愁
  • カスリ模様
  • 生気
  • 渇日
  • たより
  • あらし
  • 日盛り
  • たより(女工という名の恋人)
  • 生きなさい
  • 稲背負い
  • 夜の風

・昭和31年

  • 希い
  • 流れ
  • 山頂
  • 暮れ
  • 愛国心(成人の日に)
  • 誕生
  • 母帰らず
  • 藁打つ音
  • 母と子の家
  • 来客
  • 鋼鉄の足
  • えれじい
  • にくしみのふるさと
  • 桑を摘む
  • 濁流
  • 脱出
  • 過去なき人生
  • 九月の抒情
  • 経営改善
  • 鉄塔
  • 小野十三郎氏に

昭和32年

  • ふるさとの抒情
  • 病める空
  • 破っぱ
  • 不毛地帯
  • 開かれぬ空
  • トラック
  • 晴れた日に
  • 父を恋う
  • 生について
  • ぎふん

自註


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