2006年9月、編集工房ノアから刊行された枡谷まさる(1925~)の第3詩集。カバー装幀画は穐月明、口絵は著者、装幀は森本良成。
枡谷優は書く拠点を大阪に置くと西鶴系の才知の作家の顔を見せ、家郷の吉野の原点へ心頭を一閃すると野性味ある純朴な詩人に戻る。
両方の分野にひそむしたたかな関西風のねばっこい現代人の面貌をも視るべきなのだろう。(序/中江俊夫)
一九四五年十月に復員して、寸土を持たない樵として、また働き手が抑留されている農家の手伝人として、故郷ですごしました折りの七年間に溜めた記憶を詩にしたものを『猪村』『鳶ヶ尾根』に続いて第三詩集として『木だし』をまとめました。
故郷に居りました戦後七年間に、山々や森は力の限りはたらく体力や精神力を培ってくれました。
故郷の自然がぽくの原型を塑(つ)くってくれました。
雲や霧、楢、樫、山毛欅、啄木鳥、雉、鳶、狐、猪、蝦蟇、蛙、めだか、はや、故郷の自然のなかにぼくの形質が含まれています。ぽくのなかに故郷があります。
都市生活のバイナリイー行列の二項択一に倦むと、ターミナルから私鉄に乗ります。製材所の木の香りと鋸の音にみちた故郷の鄙びた駅舎に着きます。そこから一時間歩けば、故郷の谷間に身をおくことができます。
鎮守の社殿の廊下に一日座っていたり、昔の桟道を登ったり、木々の肌に触れたり、畑で立ち話をしたり、村道で出会う猫や犬と戯れたり、青柿のにおいを胸いっぱいに吸ったり、河原を裸足で歩いて足裏でくすぐったい感触をたしかめたり、かうして二では割り切れない多面性を身内に再び採り入れて、ぼくの原型質をとりもどし、活力に満ちて現代の生活に立ち向かっていくのです。山道を駆けたように、揮身の力で伐木を担いだように、怖れ気もなく崖を駆け下ったように。(「あとがき」より)
目次
序 中江俊夫
川
- 薪売り
- 桃が咲く
- 青梅のころ
- 香水
- つゆ
- 小川通り
- 石
- 嵐のあと
- かえるといっしょ
- いも
- 牛と彼岸入り
- さおり先生と
- 草刈り
- むちゅう
- 句
- 歩く
- きざし
- 牛の五郎と
- となり
- 陽気
- そうめんの客
- 雨後
- 六月の真昼
- さかんな緑のなかで
- ほおずきの咲いている石塔場
- 収穫のあと
- 神杉
- 修羅
- 冬至
- 大杉とくだる
- 一夜あけて
- 銭かさの仕事
- こだま
- とんび
- 夜のだんどり
- 梅園
- 頭痛
- 春
- 集中豪雨
- 花
- 峠の畑で
- 春のゆめ
あとがき