1951年7月、目黒書店から復刊された石川桂郎の短編小説集。底本は1942年の協榮出版社版。装幀は小宮正志。2011年、烏有書林から復刊された。
石川桂郎氏の諸短篇はときどき雑誌の一角を埋めてゐるのを私は眼にした。秋晴れの日通りすがりの路傍から金木犀の匂ひの流れて 来るときは、ふと足を停めることがあるが、氏の作を見るときもそんなに私の足を去らしめない何ものかがあつて、その日の忙しさを 暫く忘れるのが常である。一度嗅いだが最後も早や忘れがたなくなる匂ひ――これは何んだらう。汚れを知らぬ簡素な心の放つ匂ひで ある。哀感を誘ひながら微笑をもつて門を送る。この清らかな慰めは、秋から冬にかけ、また冬から春におよぶ季節の變り目に、稀に 見る好天の日の、恙ない夕餉のひとときを想ふ。かういふ夜は私には一年のうちでたまにしかないのだが。
(「序/横光利一」より)
目次
序 横光利一
- 蝶
- 炭
- 薔薇
- 椿
- 指環
- 百日紅
- 堤防
- 秋の花
- 柚子湯
- 轉業記
- 轉業半歳
- 商賣往來
- 高雲寺跡
- 柏餅
- 元日の朝
- お天氣
- 連翹
- 七草まで
- 朝顏
- 藝者
- 筍
- 合唱
- 女唐服
- 梅雨明け
- あをくび
- 机・寢臺
- 冬鶯
- 春くる夜
あとがき