ガーデニア・ガーデン 錦見映理子歌集

f:id:bookface:20191112103416j:plain

 2003年1月、本阿弥書店から刊行された錦見映理子(1968~)の第1歌集。装幀は名久井直子。ホンアミレーベル1。2018年、『リトルガールズ』で第34回太宰治賞。

 

 夏の終わりの雨の夜だった。歌集のためにまとめた原稿を、初めて人に見せた。中野の喫茶店で、信頼する俳人歌人でもある岡田幸生さんの前に座って、私は緊張していた。飲んでいる紅茶がおいしいかおいしくないかよくわからないまま、黙って彼が読みつづけるのを待っていた。「ガーデニアってなに?」と岡田さんが急に顔を上げて聞いた。「くちなし。白い花」と答えると、「タイトルはこれがいいよ。ガーデニア・ガーデン」と彼は言った。歌集のタイトルをまだ決めかねていた私は、候補のひとつでもあったその言葉が彼の口から発せられたのを聞いて、なんだか興奮した。それだ、という感覚があった。
 短歌を作り始めた六年前から現在までの歌より三三〇首を選び、ほぼ制作と逆年順に構成した。主に歌の初出は「開放区」誌上だが、巻頭の「庭園と熱病」は未発表最新作である。また、「婚姻届」は第四四回角川短歌賞最終候補、「Lifeisblue」は第四〇回短歌研究新人賞候補として掲載されたものから編集した。
 六年間の中で、結社所属のない私にとって、インターネット上で様々な歌人や短詩系作家に出会ったことは大きな転機となった。それを契機として、超結社の歌会である「首都の会」、同じく超結社の若手勉強会である「きむの会」に参加し、また近年盛んになりつつある朗読というムーブメントに関わったことが、歌集を出すことにつながっていったように思っている。
(「あとがき」より)

 


目次

  • 庭園と熱病
  • 風葬と密会
  • 驟雨と蜂蜜
  • 白夜と魚影

  • 蛇の眠り
  • 白い終電
  • 火をくぐる
  • 夕闇の家族
  • 外科病棟
  • 花の蜜

  • 暗室へ
  • 魚眼レンズ
  • 婚姻届
  • 冬の婚
  • 夜の重力
  • Life is blue

あとがき

 

書評等

錦見映理子 または、白の世界に繰り広げられる極彩色の心象風景(橄欖追放)


NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索
 

短篇集 川端康成

f:id:bookface:20190919221826j:plain

 1939年11月、砂子屋書房から刊行された川端康成の短編集。

 

目次

  • 夏の靴
  • 有難う
  • 朝鮮人
  • 馬美人
  • 神います
  • お信地藏
  • 滑り岩
  • 時雨の驛
  • 雪隱成佛
  • 帽子事件
  • 叩く子
  • 化粧
  • バッタと鈴蟲
  • 笑はぬ男
  • 日本人アンナ
  • 金錢の道
  • 縛られた夫
  • 夫人の探偵
  • 離婚の子
  • 死面
  • 鶏と踊子
  • 心中
  • 日向
  • 死顔の出來事
  • 貧者の戀人
  • 妹の着物
  • 雨傘
  • 家庭
  • 盲目と少女
  • 舞踊會の夜

 

日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索
 

救いなき人々 クリストファ・イシャウッド

f:id:bookface:20190919212538j:plain

 1954年9月、文藝春秋新社から刊行されたクリストファー・イシャーウッド(1904~1986)の長編小説。翻訳は中野好夫


目次

  • 解說
  • ベルリン日記―一九三〇年秋
  • サリー・ボウルズ―一九三一年夏
  • リューゲン島にて
  • ノヴァック家の人々
  • ランダウエル家の人々
  • ベルリン日記―一九三二年―三三年冬


関連リンク
Wikipedia(クリストファー・イシャーウッド)

 

NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

現代詩新講 現代詩人會編

f:id:bookface:20190919212337j:plain

 1951年9月、寶文館から刊行された詩論アンソロジー。装幀は寺田政明。

 

目次

Ⅰ 現代詩と他藝術との交流

  • 現代詩と繪畫・高見順
  • 現代詩と映畫・岡本太郞
  • 現代詩と音樂・塚谷晃弘

 

Ⅱ 詩書による日本詩史

  • 明治篇・城左門
  • 大正篇・伊藤信吉
  • 昭和篇・小野十三郞 杉浦伊作

 

Ⅲ 詩におけるイズムとその批判

  • ロマンチシズムとその批判・吉田一穗
  • 象徵主義とその批判・金子光晴
  • リアリズムとその批判・池田克己

 

IIII 詩人の見た他文學ジヤンル

  • 詩人の見た現代短歌・藏原伸二郞
  • 詩人の見た現代俳句・植村諦
  • 詩人の見た現代小說・高橋新吉

Ⅴ 追加

  • 「詩と詩論」を中心とした現代詩史・近藤東
  • 詩人のみた現代小說・永瀨淸子

あとがき 現代詩人會
索引


NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

眠られぬ夜の旅 秋元藍

f:id:bookface:20190919212046j:plain

 1971年、黒い手の13人から刊行された秋元藍の短編小説集。装幀・装画は川崎利治。

 

目次

  • Kの細君
  • 綱ひき
  • 十三人の天使
  • ハナさんのはなし
  • ひとだま
  • ガラスの象
  • ちぢれっ毛の毛むくじゃら
  • こんな子いませんか

キョンのいる風景・尾崎秀樹


日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

ぺらぺら 高田邦雄詩集

f:id:bookface:20190919142841j:plain

 2015年3月、花神社から刊行された高田邦雄の第2詩集。

 

 初めての詩集を上梓してから四年が過ぎた。
 母・敏子の詩作に対する姿勢を身近に見てきた私にとって、彼女の生存中に詩を書く事など恐ろしく、とても出来る事ではなかった。
 そのため、私が詩を書くようになったのは一九八九年の五月に彼女が胃癌で亡くなった後、詩誌「野ばら」の同人に誘われてからである。それでも詩を書くに際し、常に母・敏子の厳しい眼差しが付きまとっているように感じ、本名での発表を躊躇し架田仁緒(カダニオ)というペンネームを使ってきた。
 四年前にまとめた詩集『寒月の下に』は架田仁緒の名前で、主として「野ばら」に発表してきた作品であったが、まさにその印刷・製本の最中にあの東本大震災が起き、三か月も発行が遅れた。そして二〇一一年六月発行の詩集にもかかわらず大震災に関した作品が一作品も掲載されていない詩集となってしまった。
 今回の詩集『ぺらぺら』には、その東日本大震災に何を思い何を感じたかを是が非でも入れたかったし、原子力発電事故にも積極的に触れる作品を載せたかった。
 昨年は敏子の生誕一〇〇年を記念した展覧会と集う会が賑やかに開催された。その折、来賓としてご列席くださった敏子の詩友である新川和江先生に詩集の跋文をご依頼させて頂いた。
 新川先生は多くの方々からの同様な依頼をお断りしていて、「高田邦雄の詩集ならともかく架田仁緒の詩集に跋文を寄せることは出来ない」とのお言葉であった。
 ここ二年くらい改めて高田敏子の詩を読み返す事が多く、その度に詩人・高田敏子の作品に感銘を受け、いよいよ高田邦雄の本名での創作活動に自信が持てずにいた。
 新川先生から本名での出版を促された事を契機に、ペンネームでの作品発表には何処か「甘え」と「逃げ」があったのではと気付かされた。
 多くの先達の詩人たち、母・敏子の詩友であった安西均・菊地貞三・伊藤桂一等々の作品に肩を並べられる作品を高田邦雄の本名で発表したいと思っていた。それが大きな間違いだと気付かされたのだ。
「上手な詩は作るな、人の評判を気にするな」と敏子は言う。
 先達詩人と肩を並べる作品を創ろうとは、詩を作る姿勢として全くいただけない不純で不遜な創作姿勢である。
 人はどうであれ、自分が表現したいから表現するのであって、その表現の価値をあらかじめ推し量る事は創造と矛盾する事であろ。
、自分が表現したい事があり、自分でしか表現できない言葉があり、自分らしい感性の中に組み上げられた作品、それで良いはずだ。
 結局のところ、私の詩人としての二十五年の歳月は、高田敏子というビッグネームからの脱却の歳月であり、架田仁緒というペンネームからの解放に必須の時期だったと言えよう。
(「あとがき」より)


目次

その一 海坊主がやって来た

  • きっと蝶になれ
  • これからは……
  • 欺瞞の風景
  • 海坊主がやって来た
  • 寂莫と雪が降る
  • 薄情者
  • 山は青き……
  • あてなどないけど

その二 朧の風景の中に

  • 母の花
  • 法師蝉の鳴く庭に
  • 猫の家出
  • 不機嫌な老人
  • 誰のもの
  • 早稲田通り
  • 鍋物語り
  • 絶つ
  • 滔々と流れる
  • 秋田内陸縦貫鉄道
  • 怪物ちゃん
  • 偶然と必然
  • 朧の風景の中に

その三 今夜もまた

  • 雲が湧いてくる
  • 一緒に踊ろう
  • ピカドン
  • 湿った風塊
  • 覚悟はあるか
  • 足るを知れば……
  • 亡者の行進
  • 檄文
  • 寝言いう猫
  • 今夜もまた
  • ぺらぺら

跋 新川和江
あとがき


NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

深尾須磨子の世界 武田隆子

f:id:bookface:20190919140943j:plain

 1986年5月、宝文館出版から刊行された武田隆子(1909~2008)による深尾須磨子(1888~1974)の詩人論集。装幀はたけだとしこ。

 

 深尾須磨子と私が逢う機会を得たのは、婦人運動家の新妻イトさんのご紹介に拠る。その後、何度かお目にかかっているうち、深尾さんは、「私の生存中に山田五十鈴さんに扮して貰うので私の伝記を書いてくれませんか。」と言われたが、劇に書けそうもなく、「深尾須磨子ノート」(一九六六年)という短かいものにさせてもらった。
 このたび、宝文館出版からお話があったので、前著「深尾須磨子ノート」を書いたいきさつもあって、思い切って筆を執ることにした。執筆に当って、深尾須磨子生涯の膨大な作品のエキスともいうべき、深尾須磨子自身の選になる昭和四十五年刊の「深尾須磨子選集」三巻に私見を試みた。他に須磨子を知る上に重要と思う「むらさきの旅情」にも触れることにした。
 深尾須磨子の年譜・思想・背景については駒場近代文学館所蔵の資料に拠った。また『無限』三五号(昭和四九年刊・慶光院美沙子編集)の特集・深尾須磨子追悼号を参考ともした。須磨子は生前から自伝的なものを吐露しなかったが、須磨子選集の創作編には、至るところ経歴・経験を暗示するものがある。だが、私はそこから須磨子はこうであったと、大胆な推測を試みることは控えた。
(「はじめに」より) 

 

目次

  • はじめに
  • 深尾須磨子素描
  • 与謝野晶子への眼
  • 詩人への恋情――平戸廉吉
  • むらさきの旅情
  • 戦後の婦人運動
  • 詩篇の章
  • 創作の章
  • 随想の章

深尾須磨子著作目録
あとがき


NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索