2000年6月、夢人館から刊行された伊藤啓子(1956~)の第2詩集。写真は新関昭男、装幀は直井和夫。刊行時の著者の住所は山形市。
子どもの頃、中耳炎を患って難聴の時期があった。自分の声が聴こえないので発声する前に幾度も反すうし、人の声には頭痛がするほど耳を澄ませた覚えがある。
おとなになったら、自分の世界に浸りたいときなど他人の声はBGMのように素通りするくせに、かすかな気配やつぶやきも察知してぴくぴくするわがままな耳に育ってしまった。反すうするくせ、耳を澄ますくせが身についているから、想いも記憶もいやというほど反すうしてみる。言葉に対してはいつもおどおどしてぎこちない。
耳元でざわめき声がするときがある。反すうし続けてきたものたちが、あたらしい言葉を取り戻して引き返してくる。夜毎、耳を澄ます。
ウコギの葉を見ていると二年前逝った母の声が聴こえそうになる。カバーの写真を撮るために母の生まれ育った米沢市を訪れた際、イメージに合う場所を探して街中をぐるぐる回っていたら、痴呆の初期にウコギの家をふらふら探し歩いていた母の姿が浮かんできた。新関さんに促されてウコギ垣の前に立つと、垣根の透き間からひょいと手が伸びてくるような気がしたが、あっちの世界にはあまり耳を澄まさない方がいいのかもしれない。詩を書くときだけは、見えない尻尾や角のようなものが生えてくればいいな、と思う。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ 金魚の家
- 不惑
- 半身
- 夏の外套
- 食卓
- 残像
- 不眠
- 生きもの
- ねじ
- 落とし物
- 水槽の周り
- 夢のうちそと
- 目覚め
Ⅱ 鯉の家
- 水音
- 目病み
- 十五夜
- 川床
- ウコギ摘み
- 花追い
- 回復病棟
- 夜の庭
- 蛇のいる庭
- 血凝り
あとがき