2013年11月、青磁社から刊行された澤村斉美の第2歌集。装幀は濱崎実幸。塔21世紀叢書第237篇。
本や雑誌、新聞を作る過程で「ゲラ刷り」というものが出る。「ゲラ」ともいう。編集がほぼ済み、完成に近い形で校正用に試し刷りされるものだ。新聞社の校閲記者として日々原稿やゲラに向かっているが、なぜゲラというのだろうと思ったことがある。
「ゲラ」は、活版印刷で使う道具の名前からきている。日本の出版業ではほんの数十年前まで、明治時代に普及した洋式活版技術が中心だった。この技術では金属製の字のはんこ、つまり活字を使う。原稿にしたがって活字を並べ(植字という)、活字の列(組版)を箱に入れておく。この、組版を入れておくお金のような木の箱のことをゲラといい、ゲラに入った状態で試し刷りしたものをゲラ刷りといった。今では編集ソフトを使ってパソコン上で紙面を作るのが当たり前になったため、活版印刷の道具は消えたが、「ゲラ刷り」という言葉、およびその略としての「ゲラ」という言葉は残った。
ゲラは英語ではgalleyというそうだ。「galleyの訛」と広辞苑は書いている。galleyはガレー船のことも指す。人力で櫂を漕いですすむ軍船である。ゲラとガレー船の間に由来の関係はあるのかどうか。確たる説は見当たらない。ただ、辞書を繰るうちに私のなかでは一つのイメージが立った。木の箱に並ぶ活字と、ガレー船で櫂を握る人々の姿は、どこか似ている。
もし人が一つの活字のようなものならば、と想いはめぐる。木の箱のような世界の一隅で、人はどんな働きをするだろう。一つの活字がただ一つの音を、あるいは限られた意味を示すのと同じように、おそらく一人の人もそうなのだろう。活字を人の喩として見つめたとき、ここは海であるという気がした。
二〇〇七年春から一二年秋までの作から四五〇首を収め、第二歌集『galley』とする。「ガレー」と訓む。二十八歳から三十三歳の作であり、○八年刊行の第一歌集『夏鴉』の収録期間に続く。作品の表記は旧仮名遣いだが、片仮名表記の言葉は現代仮名遣いにしている。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ(二〇〇七~二○○八年)
- 六つの季節
- 木の温きころ
- つきあたりの窓
- 革命
- 海石
- 遺は死より
- 306号室
- 210号室
- 法隆寺
- オモイノママウメ
- 夫の形
- 薩摩の冬
- 切り抜き
Ⅱ(二〇〇九~二〇一〇年)
- 労働力
- オリーブ
- 葱とアブラナ
- galley
- 陽の色
- ウチカワ
- 冬の旅
- 山温かく
- 春の雪
- なァ呉春
- 給与明細
- ぼんやりと手が
- 海のひかり
- スカラベ・サクレ
- 手に宿る
- 窓、くもり窓
- 時の嵩
- Ⅲ(二〇一一~二〇一二年)
- 大寒
- かもなんばん
- 野づら
- 春の舌
- 震
- 水の行き場
- あまたの影
- 近畿二府四県
- 百年の朝顔
- 葦に雨ふる
- 横顔の眼鏡
- 暁雨
- あじろの夕日
- あぼかど
- 定型文
- 顔鳥
- 金環食
- 塩ミルクアイス
- 花尽くし
- パン屋の前
あとがき