作家夫妻 犬田卯・住井すゑ 文学歴正史 犬田章

 2018年2月、私家版として刊行された犬田章による犬田卯・住井すゑの評伝。

 

 農民作家の犬田卯と文芸作家住井すゑ(旧姓・筆名)の長男である犬田章は、父母の長年の文筆活動の足跡を記録して同人誌(現在入手困難)に連載してきたが、本書にその大部分を再録した。
 犬田卯は、明治二四年八月、現在の茨城県牛久市で出生し、昭和三二年七月、牛久市の自宅にて六五歳で死去した。住井すゑは、明治三五年一月、現在の奈良県田原本市で出生し、平成九年六月、九五歳で死去した。
 犬田卯は、大正四年一二月、父親と相続問題で不和となり、一軒隣の小川芋銭画伯の取りなしで上京。一時、博文館に勤めたが、大正八年、持病の喘息で退社し、以後、独力で農民文学の研究・普及に没頭した。しかし報われるところは少なく、次第に都会での生活に困窮し、昭和一〇年七月、卯の生家に戻って仕事を続けたが、病状が重くなり、不本意のまま他界した。
 住井すゑは、雑誌への投稿で犬田卯に見出され、上京して講談社に一年間勤務し、童話を書いて暮らし、大正一〇年犬田卯と結婚した。
 結婚後、病夫の喘息の薬代と、二男二女の家族の生活費とを、児童雑誌の原稿料で工面した。
 昭和三二年、夫の死後、すゑは原稿書きに専念できる身となり、数百万部とかの大河小説『橋のない川』(第一部~第七部)の印税で屋敷内に「抱樸舎」を建造し全国のファンを呼び寄せ、自身は各地からの講演依頼で引っ張りだこ、思い残すことなく他界した。
 ”人間万事塞翁が馬”けだし至言である。
(「まえがき」より)

 

目次

  • まえがき
  • 一 父の業病と母の看護
  • 二 作家両親の趣味・特技
  • 三 作家母親九〇歳長寿の秘訣
  • 四 竜ヶ崎ニュータウンの住人になりました
  • 五 再び帰る故郷茨城県南の方言
  • 六 再び帰る県南故郷の風土
  • 七 作家夫妻犬田卯・住井すゑ 在京当時の文筆活動と暮らし向き
  • 八 作家夫妻犬田卯往井すゑ 在京当時の交友録(高群逸枝女史)
  • 九 作家夫妻犬田卯・住井すゑ 在京当時の交友録 (続) 
  • 十 作家夫妻犬田卯・住井すゑ一家に寄宿した文学志望者
  • 十一 畏友とそのご両親(作家夫妻犬田卯・住井すゑ)などのこと(坂本司郎)
  • 十二 住井すゑ橋のない川』の刊行が第七部まで続いたわけー編集者の手記―
  • 十三 文芸作家住井すゑ 戦時中詐称著作刊行経緯
  • 十四 作家犬田卯・住井すゑ 文学歴研究者のための覚書(一)
  • 十五 作家犬田卯・住井すゑ・次女増田れい子覚書 (二)
  • 十六 作家犬田卯・住井すゑ死去後の残置資料・文献調査 覚書(三)
  • 十七 住井ファン小笠原氏の私家版(一頁のみ掲載)覚書(四)
  • 十八 日本近代文学館による残置資料の受け入れ覚書(五)
  • 十九 犬田卯・住井すゑ文学者一家の遺言に背く長男章の墓所購入覚書(六)
  • 二〇 作家犬田卯・住井すゑ一家に留め置かれた骨壺覚書(七)
  • 二一 住井すゑと「橋のない川」展覚書(八)
  • 二二 犬田卯研究に外国人学徒が参加覚書 (九)

筆者略歴
「抱樸舎」資料等目録
編集後記

 

関連リンク

牛久市住井すゑ文学館


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