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このブログについて

bookface=本の顔=書影。所有している本や新たに購入した本の備忘録。新刊本よりも古書が多い。感想文を書くことがあるかもしれないが、基本的には表紙(裸本の場合は扉)と目次と書誌情報。

甘い声 清水哲男詩集

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1979年、アディン書房から発行された清水哲男の第9詩集。

 

 時間がない。自分を自分らしく時間が。
 だから、詩を書いたりするのか。自分を自分らしく生きるとは、制度のなかでせいいっぱい、狂気の側に身を寄せることなのではあるまいか。最近は、そんな思いにとらわれている。
 言葉は制度だ。制度だからこそ、逆に狂気へとすべりこめる有力なキイとなるのだと思う。これはなかなかにしんどい仕事だが、和ツィには、他に方法がない。身の非才は棚上げにしていうのだが、言葉しかあやつれないものは、言葉によって生き、言葉によって殺されるしかないのであろう。

(「あとがき」より)

 

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夏の淵 三好豊一郎詩集

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1983年、小沢書店から発行された三好豊一郎(1920~1992)の第6詩集。

 

 言葉に対するカンが鈍ってきたのに気づきはじめたのはよほど以前からだが、六年前おやじの老後を看取って、死に至る最後の十日間を、刻々に腐ってゆく生ける屍が生命を停止した直後の、急速な変化において受け止めて以来、いっそう吃音状態におちいったのを感じてきた。
 そのとき私は言葉の及ばぬ世界にふれたのであった。死は硬直であり生の頽落かもしれぬが、そこには生からの発言を受けつけぬ断固たるものがあった。

(「吃音者の弁」より)

 

 

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にぎやかな街へ 八木忠栄詩集

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八木忠栄の第三詩集。装幀は宮園洋。私家版。1972年発行。

 

 ここに収めた作品は一九六四年から一九七一年までのあいだに書いたもののなかから選び、制作順に配列した。『きんにくの唄』(思潮社刊)『目覚めの島』(グループぎや刊)につぐ三冊目の詩集である。最初の詩集を出してから、ちょうど十年が経過した。それはそれなりに恐ろしい事実だが、今は何も言うまい。束ねられた作為品がすべてを語っているはずなのだから。(「おぼえがき」より)

 

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存在 高野喜久雄詩集

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荒地同人の高野喜久雄(1927~2006)の第二詩集。1961年、思潮社発行。解説は鮎川信夫

 

 ゆくりなくも一つの言葉がうかぶ。
 詩は存在の追憶である。
 大切なのは、詩と存在と追憶が、一つの脈絡の中にあることである。「存在は追憶の詩である」でも「追憶は詩の存在である」でもよい。それら三つのものが、一つの脈絡の中にありさえすれば……
 高野喜久雄の詩の世界ができ上るのである。
 それはきわめて透明な世界であつて、曖昧なものは存在しない。慰戯的なものも、雑談的なものも存在しない。
 それだけに、語りにくい、説明しにくい詩である。語ることも、説明することも必要でない詩と言つたほうがいいかもしれない。黙つて読み、黙つて共感するだけで、充分なのである。

鮎川信夫「解説」より)

 

 

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土建屋懺悔録 佐藤洋二郎

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1999年、シングルカット社発行。佐藤洋二郎の11冊目の著書。挿画は川名京。

 指導者はなにによって指導者たらしめるか。いろいろな要素はあると思うが、わたしは「言葉」を持っている人間が一番だと考えている。「言葉」によって自分の思いを伝える。あるいは人々を導く。古今東西を見渡せばそういう指導者像が多く浮かび上がってくる。(「あとがき」より)


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ピエロの唄 竹下彦一詩集

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 1975年、ギャラリー吾八から発行された竹下彦一の詩集。俳号は「洋燈亭」。柔道八段。

 

 川上澄生さんが逝くなる少し前に、サーカスの唄とピエロの唄の二冊の詩集を、出版仕様と思ひ装幀をお願ひして、サーカスの唄の方は色刷りの扉迄出来たが、ピエロの唄は「身体の具合が悪いので扉は出来ません。」と半分出来で断られて了ったのが、この詩集なのである。ピエロの衣装から思ひついて僕がやってみたが、やっぱり何誰か画描きさんにやって貰ふべきだった。

 

 

本を売る

 

五十年も大切にしていた
本を売り拂って了った

何時迄も物にこだはっていては
いけないと思ったからだ

友達が次から次へと
死んで行き
その内には僕にも廻って来ると
思ったからだ

僕がどんなに大事にしていても
息子達にはさっぱり大事にされない
物になるかも知れぬと
思ったからだ

一旦 地震でもあったら
この重い本達は抱いて持って
ゆけぬと思ったからだ

これだけの本を
僕が独占しないでいたら
少しは本の好きな人を喜ばせる
事になると思ったからだ

僕が死んだら
遺稿集位は女房が出版して
呉れるだらうが
生きている内にそれを眺めた方が
よっぽど楽しいと思ったからだ

物を欲しがるな
何処かでそんな声が聴こえて来る
もう悟りを開いてもよい歳だ

本はげっそり失くなったが
まだ いくらでも 買へる時がある

さっぱりした気持で
希望を持って生きると云ふ事が
僕には一番大切な事なのだ


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