1992年7月、ワニ・プロダクションから刊行された立木早(1950~)の第1詩集。コラージュは木下泰弘。
逗子に岩殿寺という古い寺がある。その寺の中には泉鏡花の名がついた池などもあって、狸も時折往来する。
ある夏の宵、寺の住職には内緒で山門をくぐり、逗子の浜で行われる花火を山あいから眼下に眺望した。ドオーンという音があとかさきか色あざやかな花の輪が夜を染めて山の輪かくを際立たせ、瞬時に消えてゆく。背後からゴトンと音がすると、手前から横須賀線の長い車輌が窓のあかりをつなげながら、くの字に折れて山にかくれていく。
花火が終わり、虫の声がもどった。木々は黒さを増していた。こけのつややかに湿った石段を降りて辻まで来ると、
「またね」と声をかけられた。
ふりかえると街灯を背に受けて小さく手を振る着物姿の女性がいた。表情はくらくてみえず、姿の輪かくだけが浮いて、いつまでも手を振っている。私も「また……」と口に出して、ふりかえりながら足を運んだ。角まで来てふりかえるとまだ手を振っている。こちらも手を振って声を出さずに「ま・た・あ」と口の形だけで言った。すると女性は、流れるように消えてしまった。木々はより黒く、周囲の塀から路をおおうようにかぶさっている。
木々の闇にまぎれていった人たちに、この詩集を読んでいただきたい。一字一字編んでいただいた仲山清さん、ありがとうございました。
(「あとがき」より
目次
- 少年の場所
- 水門
- 古い椅子
- もぬけのから
- 風の通る土地で
- なかじまさんのはなし
- 春
- 少年のことば。
- まつり絵
- ねこになる
- 園へ
- 水の器
- しぇぐれん らるそん
- 留守の家
- 部屋
- 鬼灯
- むのうのひとをみる
- 木の夢
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