1960年5月、アポロン社から刊行された和田徹三の第5詩集。装幀は北園克衛。
詩人和田徹三について
私は和田徹三氏のような三十年間も詩と戦って来た人に対して、いまさら紹介文らしいものを書くことは彼の権威を害するものであることを知ってはいるが、彼が昔『椎の木』のもとに集った詩人なので、簡単ながらこの一文をあえてする。和田氏は日本の現代詩人の中の重要な一角を代表する詩派の最も洗練されたタイプとしてこの詩人を私は尊敬している。
ポプラの木がつっ立っている原野を走って、アカシヤに青白い花が咲いている街で彼とビールを飲んだこともあった。慶応の研究室や私の家で話しあったこともあった。
この詩集には、現代詩人らしく悲劇的なイメジにふけり、しいたげられた人のひふんなどが背景をくまどっているが、ジェイムズ・ジョイスがエピファニーといっている、すぐれた詩人が瞬間的につまらないものの中に、詩的な啓示を感じる力が、いたるところに出ている。「ふりむくと向いの花屋から手をのばしているのは死ではない。」そうしたものへの進歩を彼はつよく示している。
目次
I
・倖せな蜜蜂たち(1956―1959)
- 倖せな蜜蜂たち
- 苦い風
- 流れる雲の下で
- 静かな歯と眼
- 白い鏡
- 夜の汀
- 朝の絵
- 昼の門
- 雪と石
- しずかな寓話
- 吹雪は燃えている
- 夜の河
- 言葉のはざまから
- 鏡のなかの夜
- 濡れた窓
II
・ネガ・リヴィング(1952―1955)
- ネガ・リヴィング
- ニュースの陰の暗がりで
- 壁に書いた詩
- 首
- 道
- 袋
・白い海藻の街(1949―1952)
- 乞食に紙幣を貰った話
- 瘋癲病院の廊下から
- 空について
- 吹雪の記録
- 馬について
- 雪のなかの歌
- 粘液の記録
- 白い海藻の街
解説 沢村光博