1976年12月、国文社から刊行された高橋秀一郎(1937~1991)の詩集。
ひとり私の抒情が、総体を撃つ詩へと昂まるという幻想を詩人はつねにその志として心ひそかに抱いているであろう。そして同時に詩人は、不安を、彼と彼の詩のはざまに横たわる不可逆な谷の底から湧いてくる不安を孕みつつ、その書くということによって己の生きざまをさらさねばならないだろう。抒情も、詩作品そのものも、新たな志の矢で詩人を射ぬき、更に総体の荒野にその矢を立てるであろう。その志の矢はすでに詩人のものではなく、詩によって詩人はネグレクトされている。
私の心の底には、いつも詩を書いてしまった後に、ひそかな出発の思いがただよっている。詩集を出すことは私の出発であるという思いは初めての詩集を出した時と変らない。
ここに収めた詩の大半は、「長帽子」「原景」「詩学」「幻視者」「修羅」他の雑誌に発表したもので、前半の詩は、前詩集の『伏流傳説』の詩と時期的には重なり、後半の詩がその後の作品であり、作品の配列はほぼ制作年代順である。
尚<乳撫>の一連の詩は、明治十七年に起ったいわゆる秩父事件との関りの感情の中で書かれたもので、秩父と峠ひとつへだてた寒寒とした土地に生れ育った私の、永年遙かなるコンミューンとしてこだわりつづけた峠の向うの郷へのはじめて示した関わりの方法であるといえるかも知れない。飛べ、わが詩よ。と叫びたい気持の底に、私は不安に蹲っている。
(「あとがき」より)
目次
・鬼灯が……
- あの角を曲った……
- 橋と風景
- 川のほとりの……
- 嵌木
- 鬼灯が……
- 地下道の暗い音を……
- 濡れた書物
- 白雨
- 虎落笛
- イレブンⅠ
- イレブンⅡ
・乳撫
- 椋神社・一九七五年秋
- 乳撫
- 杉ノ峠
- 闇の色
あとがき