1943年1月、鶴書房から刊行された大江満雄(1906~1991)による東南アジア史。装幀は土井榮。
世界史は新しく創られてゐる。いふまでもなく、日本によつてアジアが我に還り、アジア人の正しい生活が初るところから世界史は變轉し、人類的共同性を深めてゆく。
われわれは、アジアの地理をみて今更のやうに、その壮大、慈愛を感じる。さうして、遠方から来て征略したヨーロッパ人の大膽、冒險、利己心の歴史を思ふとき、四百年間のアジア人は自己を奪はれながら寛容であつたと思ふ。時に拍手をして迎へ、時に抗争したが、アジア人は忍從が賜かのやうであつた。
地理の壯大慈愛を享受して、アジア人は自の歴史の目的に向ひ、世界を人道的秩序に置かんとする。東亞共榮圈の思想は澎湃として、アジアに翼成の氣運は漲る。
日本がアメリカ、イギリスと戰ふ目的感は、國民の一人一人に浸透しつつある。この戰爭は、道德戰爭としての比類のない美と眞實を所有してあるといふこと。日本が一國の利益のみを追ふなら、かくの如き廣域戰闘翼状を示さなかったであらうと。
われわれは今、日本が為してゐる天職を個人としても充分に體得しなければならぬが、「歴史が人間を創る」といふことを一日一日體驗してあるといふことを誇らしくアジア全體についていへる。
「蘭印・佛印史」は過去の歴史であるが、私は東印度や印度支那牛島の哀史に長く心寄せてあたため、大東亞戰爭直後これを書上げた。多くの詩人がシンガポール陥落、マレー沖海戰を熱狂的に書いたやうに、私もまた感動を制することができず、この書を書きつづけたが、資料不足のため不明なこと多く、澁滞した。参考書はあげないが、蘭印史の場合はデ・クラークの蘭印史が比較的に正しいと思った。詩人として書かねばならぬるのが後廻しになつた感であるが、日本人自身の研究が深まつたところから更に書かれなければならぬ。なほ、板澤武雄、別枝篤彦、岩村成允、大岩誠、齋藤正雄諸氏の著書に教示されるところが多かった。感謝するしだいである。
(「序」より)
目次
蘭印史
第一篇 東印度の島嶼性格
- 第一章 古代の交流
- 第二章 地政的に見た諸島
- 第三章 人種と文化について
第二篇 宗教時代
- 第一章 ヒンヅー時代
- 第二章 回教王國の勃興
第三篇 オランダの侵略と統治の變遷
- 第一章 オランダ人の東洋進出
- 第二章 オランダ東印度會社
- 第三章 オランダと日本
- 第四章 バンタム國マタラム國の滅亡
- 第五章 フランス革命の影響
- 第六章 イギリス時代
- 第七章 オランダ統治の回復とジヤワ戰爭
- 第八章 強制栽培制度
- 第九章 十九世紀の外領
- 第十章 アチエ戰爭
第四篇 民族運動
- 第一章 國民運動の萠芽
- 第二章 國民參議會の前後
- 第三章 大戰後の思想と民族運動
- 第四章 大東亞戰爭と國民運動
第五篇 革命時代
- 第一章 植民地政策の改良と企業
- 第二章 複合社會の統治
- 第三章 東印度における機械と勞働
- 第四章 日本の地位
佛印史
第一篇 印度支那と中國との關係
- 第一章 西南族の傳統
- 第二章 元軍の南征
- 第三章 明朝に屬した時代
第二篇 フランスの侵略
第三篇 國民運動
- 第一章 日露戰爭當時の日本との關係
- 第二章 廣東における假政府とその後
- 第三章 歐洲大戰と戰後の國民運動
- 第四章 安沛事件とその前後
- 第五章 フランスの動搖と敗北
- 第六章 若き安南人