1990年1月、思潮社から刊行された粒来哲蔵の第10詩集。装画は西本真一、装幀は芦澤泰偉。刊行時の著者の住所は三宅島。
最近私は、私の編む小誌「鱏(えい)」三号のあと書きに、次のような短章を書いた。
――棫(タラ)の木の先にゴマダラカミキリが止まっていて動かない。触角を頭から背に流し、その仰角も調っていて、脚の爪は樹肌を噛んでいる。手を触れてみると、虫はとうに死んでいた。
島の初冬の一日、気をつけてみると、二十本程並列に植えたわが家の棫の木の、ほとんどの梢でカミキリが死んでいた。彼らは高さ一メートル半程の木のてっぺんまで登りつめ、そこで脚を踏んばり、力をこめ、バランスを失うことなく硬化して了っていた。もちろん鞘翅に触れても落ちるものではない。なかには雌雄とも交尾の姿勢のまま動かないものもあって、心うたれた。
それらはかなりの間島の強風に耐えていたが、やがて小鳥についばまれてか数が減り、残余のものは体側から白い黴が生えて次第に菌糸に被われ、コジュケイの雛が生まれる頃までにはどれもが消滅した。
棫の芽をもぎとりながら、私はかつて彼らの死がへばりついていた粗い樹肌を撫でた――と。
カミキリばかりではない。この二、三年私の近辺からも詩仲間の誰彼がいなくなった。彼らの在りし日の形姿を虫たちの鞘翅に手触れるようにして見ることは叶わないが、時折彼らの詩集に触れてみることはある。指の先でうずくように鳴っている彼らの業に、やがてやって来よう自らの死の影を重ねる日も間近いだろうと思いながら――。
この詩集『倒れかかるものたちの投影』に収められた作品は、一九八六年四月より八九年六月までの間に書か(「あとがき」より)
目次
Ⅰ 牛と馬などと
- 火牛
- 馬
- 楽器
- 聖家族
- 悪霊
- 鶴
- うさぎ
- 養蜂
- 虱
Ⅱ 鼬(いたち)と狐など
- 冬の桜
- 傾く月
- 麦
- 手の始末
- 瞼Ⅰ
- 瞼Ⅱ
- 瞼Ⅲ
- 夜の鍋
- 海の凧
Ⅳ 鱏・mantaなど
- 旅·Monziro
- 火焔木の下から
- 鱏‧manta
あとがき