透きとおった人々 北畠八穂

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 1980年4月、東京新聞出版局から刊行された北畠八穂(1903~1982)による昭和作家たちの回想録。貼り箱和紙絵は遠藤加津子、扉絵は原美代子。

 

 ここにあげた人たちは、それぞれ、著名な創作品を残しました。 昭和文学史上、当然、詳細な研究は、されましょう。
 そのとき、私が実際にそば近くに見た、この人たちの、ふとした 指の動き、眉のかげり、耳のいろが、思いがけずその人たちを、深 く掘り現わす、よすがとなりはしないでしょうか。
 私は、この世のゆきずりにこの人がたと、行き合ったしあわせを、ここに書き留めて置きたくなりました。
 読み返してみて、真っ向からではなく、端見の素描として、ほほえまれます。
 その素描に、読む目が、色をつけてゆく余裕が、ありましょう。 あなたの「川端さん」、あなたの「太宰さん」が、できましょう。
 この人がたのどなたとも、もっと、おつき合いを深めとう、ござ いました。度少ない気がして、惜しまれてなりません。が、残され た詩、小説、随筆に、生の面影を重ねて、その作品に、一層の、生 のあやが脈打ちます。
 堀さん、武田さん、神西さんとは二十代・三十代を、林芙美子さ んとは三十代・四十代を、森田さんとは四十代・五十代をともに、 というふうに、この人がたとともにあった印象はみな、その場の日 ざしの移りさえ、見えるばかりです。
 命のすがたを識ったこの人がたと、まこと隣人の親しさを、じか に交わしたそのことが、私にはまれな機、まれな宝と思われます。
 もしいま、生きて在られたら、この山家にお招きして、西に富士、 その左に箱根、伊豆、右に丹沢の山々を、近く江の島、遠く大島の 海を指して、畑の野菜など、おすすめしたことでしょう。
 きっと、きて下すった人がたです。
(「あとがき」より

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あとがき

 

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