<すなわち最もよき人びとは帰っては来なかった>。<夜と霧>の冒頭へフランクルがさし挿んだこの言葉を、かつて疼くような思いで読んだ。あるいは、こういうこともできるであろう。<最もよき私自身も帰ってはこなかった>と。今なお私が、異常なまでにシベリヤに執着する理由は、ただひとつそのことによる。私にとって人間と自由とは、ただシベリヤにしか存在しない(もっと正確には、シベリヤの強制収容所にしか存在しない)。日のあけくれがじかに不条理である場所で、人間ははじめて自由に未来を想いえがくことができるであろう。条件のなかで人間として立つのではなく、直接に人間としてうずくまる場所。それが私にとってのシベリヤの意味であり、そのような場所でじかに自分自身と肩をふれあった記憶が、<人間であった>という、私にとってかけがえのない出来事の内容である。
(「あとがき」より)
目次
- 位置
- 条件
- 納得
- 事実
- 馬と暴動
- Gethsemane
- 葬式列車
- デメトリアーデは死んだが
- その朝サマルカンドでは
- 脱走
- コーカサスの商業
- やぽんすきい・ぼおぐ
- その日の使徒たち
- 最後の敵
- サンチョ・パンサの帰郷
- 耳鳴りのうた
- 五月のわかれ
- 霧と町
- ヤンカ・ヨジェフの朝
- 狙撃者
- くしゃみと町
- ゆうやけぐるみのうた
- 夜がやって来
- 棒をのんだ話
- サヨウナラトイフタメニ
- アリフは町へ行ってこい
- 絶壁より
- 岬と木がらし
- 酒がのみたい夜
- 自転車にのるクラリモンド
- さびしいと いま
- 風と結婚式
- 夏を惜しむうた
- 貨幣
- 病気の女に
- 夜盗
- 足ばかりの神様
- 勝負師
- お化けが出るとき
- 武装
- 伝説
- 夜の招待
あとがき