1963年4月、河出書房新社から刊行された尾崎士郎(1998~1964)の随筆集。装幀は鈴木信太郎。
目次
- 鶴巻町界隈 板草履ひきずり歌う青春よ早稲田鶴巻学生の町
- 下戸塚の一城一国 悶々の思いを壁に記したるある春の夜のひとときもありし
- 山吹の里 金色の一輪ゆれてこの里に武蔵野のかげ静かにのこる
- 江戸川のほとり 「たぬき」あり「はし本」ありて川ほとり人生論に花咲かす日々
- 神楽坂から音羽町 君と呼ばれて美少年の心燃やすか音羽路のさか
- 洲崎 遠く黒く洲崎の海のひらけいて涙のつぶをつづる漁り火
- 吉原 秋の夜の灯かげ明るく吉原の哀調ふかき流し新内
- 銀座尾張町 堂々と名乗りをあげんよき女よ銀座柳に恋の風ふく
- 新橋 屋形船ボートうかべし水の面にネオンまたたく恋の新橋
- 数寄屋橋 酔いびとの天国なるか銀座街路上の酒をゴクゴクとのむ
- 烏森神社裏 電灯のほかげ明るき泥溝板の小路ぬいつつ酒くみに行く
- 東禅寺裏 枕べに刑事たちたる空想部落南無三短銃発見さるる
- 品川遊廓 遊廓の一夜を明けてさわやかな朝の波を見つつ帰りぬ
- 鈴ケ森刑場あと 権八やお七のこころしのばれて妖気ただよう刑場のあと
- 浅草三筋町 駒形 雪の夜の哀調深き弾きがたり鳥辺山心中しずかに案ず
- 不忍池畔 朱の塔そびゆる森に朝のきて池の蓮はいま開きたり
- 永代橋 月の夜の永代くだり今宵また酒にたわむれ文学に酔う
- 蠣浜橋 両岸の旗亭の灯り河にあふれ千秋楽の長夜のうたげ
- 団子坂 千駄木町 その昔傾斜の急な坂道を足音しのび往きかいしわれ
- 根津権現裏 本郷菊坂 崕の上の下宿のあともこのあたり藤沢清造壮烈に死す
- 築地明石町 青春の菊坂のぼる日々ありき菊富士ホテル活気ある夢
- 新橋駅前 わが影のいたるところにしみこみし新橋駅前この小川軒よ
- 大森山王 今もなお平家の哀調胸にせまり旧態のこす風風雨雨荘
- 源蔵ケ原 雨の洩る風流に負け移りすみし露路奥の新居に涼風のふく
- 馬込村 青春の息吹きにあふるこの村は九十九谷文人のまち
- 道玄坂 丸顔のこぶとりの娘の初々し道玄坂の晩春の店
- 麻布霊南坂 傘もなくみぞれ降る芝の街かどにたたずむわれの肩たたく男
- 麻布市兵衛町 深き谷こえて荷風の家もありマルクスもいし山形ホテル
- 紀尾井坂 思い出は汝がやわらかき唇に日ごとぬれけるわれなりしかな
- 半蔵門 三日間眠りつづけの大人もいて濠ばたの道半蔵門なつかし
- 日比谷公園 山もあり谷もありして樹立深く入口に鶴の立ちたる日比谷公園
- 上野動物園 老尼僧の手をひきてこそこの場所は静かな村よ猿の島なれば
- 玉ノ井 ゴルキイやツルゲネフを言う女あり濹東の街はわびしくもあるか
- 新宿 心にも蛙の声のあふれきて廓の夜ははや明けかかる
- 森ケ崎 夜もすがら佳人のめぐれる池もなし非情の鋼材ダイナモの音
- 青木反町 童女というにふさわしき女なりきひそやかな色町にひそやかに住めり
- 本牧 あつき血潮湧き立つ殺気そのままにここは本牧飛車角のまち
- 真金町 楼閣も道も変らずありたれど柳の色は新たになりぬ
あとがき