跛行のとき 森彌生詩集

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 1999年1月、日東館出版から刊行された森彌生の詩集。題字は眞野美佐。

 

 還暦を期に身辺をきれいきれいさっぱり整理しようと思っていたやさきの早春、初診即入院の慌ただしさで癌の摘出を受けました。手術が終わり朦朧とした意識のなかで気掛りだったのは家中の古本や衣類の山でした。退院後すぐに手をつけたものの気がつくと半額セールのワープロを買ってきたりして、また一つ、家のなかに道具が増えていました。この目新しいメカは不思議な力を秘めているらしく、我流で旧作の詩行を叩いているうちに一冊の本のかたちにしたい、と考えるようになっていました。詩が書けなくなって丸一〇年。これからも書きたくなるときがくるとは思われません。いまさら初めての詩集をだすとはどういうことか、と自分に問い、かかわった同人誌などさしたる高にはならないのに、ワープロ利用の身辺整理、ということにしました。
 本書は、神戸で暮らしていたときの私の住所を発行所にして、一九六六年六月に再刊した第二次『G』と、埼玉に転居して九年目に参加した『潮流詩派』で書いた詩に、このころ他誌に発表した全作品を集め、そうとうに手を入れて、三つのブロックに分けてみました。『G』その他の33篇は37歳から45歳の七年間に、『潮流詩派』の九篇は55歳から56歳すぎの約一年半の間に書き、テーマが重複する長詩「まびき菜」などの二篇は除いております。生涯つづく多くの友人に出会えた同人詩誌『航海表』からや、かっきり二年間、確実に隔月発行をつづけた第一次『G』からもと考えなくもなかったのですが、二十歳台の詩を読み返すには歳を取りすぎていました。
 六〇年代後半から七〇年代前半にかけてと、八〇年代のわずかな期間の作品を、このように取捨選択の労を省いてつなげてみますと、いまでは時代の波間に消えてしまった風潮や事件にやたら逆らい異議をとなえ、まるで不機嫌な自分史をみる思いがします。とはいえ、忘れていた人に再会したり、思いがけない情緒的な自分の姿が見えてきたりして、老いの身じまいの、まんざらでない楽しみを味わうことができました。
 それにしても途切れとぎれの、詩友たちに励まされての遅々とした歩みでした。編輯を終えて四年半、フロッピーに閉じこめていた文字が「航海表』の旧同人・各務豊和さんの手で立ち上がり、陽の目をみることが出来ました。これらはすべて旧い詩友たちの口添えあってのことで、ことさらに名前を挙げることはしませんが、ご厚意はきもに銘じております。なお表紙は『正筆会』の真野美佐さんが快く引き受けてくださり、格調高い本になりました。有り難うございました。
(「あとがき」より) 

 

目次

跛行のとき

  • オートマチック
  • 成長促進剤
  • ハイウェーで
  • ごきぶりフード
  • 夕立
  • 夏の終わり
  • 紅志野の茶碗
  • 本四架橋余話
  • 飼う
  • 夕映え
  • 埋める
  • 跛行のとき
  • 病む球体
  • 不妊都市
  • 闇のなかの母たち

Ⅱ転生浄土

  • 但馬・雪・川
  • 消えた男
  • 荒縄
  • 故郷にて
  • 転生浄土
  • 順番
  • 墓を見る
  • 羽織をはおる
  • 祭りは終わった
  • 花のことば
  • 樹のトルソー
  • 夕月の墓

Ⅲ天の絵文字

  • 二月・わたしのJAZZ
  • あの声をきいたのは?
  • 天の絵文字
  • 花の訣れ
  • 狸の戦い
  • 詩集『詩人の商売』授賞式
  • 狙われた土地
  • 均衡地点
  • 小塚原・回向院
  • 延命寺・首切地蔵
  • 菜種梅雨の頃
  • プラスチック容器
  • 池田清子の帰国
  • 落丁の大地

あとがき


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