OB抒情歌 嵯峨信之詩集

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 1988年12月、詩学社から刊行された嵯峨信之(1902~1997)の詩集。装幀は落合茂。

 

 この<OB抒情歌>と題した詩集一冊はぼくの生涯の余白の歌かも知れない。しかし余白の歌というにはまだ少し生生しいところがあって、むしろ余白にふみ迷っているとでも言うべきだろう。あえていまはそれを問うまい。
 かつてぼくは詩と全く無縁の時代があった。文芸春秋社在職中から二次の大戦敗北の日につづく二〇年に近い時期である。いわゆる時事物編集の雑誌屋だった。散文の世界の片棒をかつぐ稼業である。「文明の没落」などという言葉を遠くに聞いて走り廻っていた。
 当時、それでも以前の旧作の一、二篇を知人の編集していた文芸誌「冬夏」に掲載してもらったことはある。「小園」のなかの二、三である。それは、いわば歩き疲れた身が小さな泉で口を漱ぐような思いだった。
 一九四五・八・一五日の天皇の敗戦終結の言葉を大阪の梅田駅の地下できいた。その日からまもなく、かつて経験したことのない政治的な巨大な重圧に押しひしがれる生活が始まった。頭から足の先きまで、すべての自由をわれわれは奪われたのである。詩を書こうとする気持ちが徐々に出て来た。つまり高い石壁に這いのぼろうとする小さな蔓花のようなものである。不慣れでまことにたどたどしいものだが。辛うじて息をついているような小作品を集めて<OB抒情歌>と題してみた。一語を替えてルネ・シャールの詩にあやかろう。
 ――日本は終った。ぼくは生きよう。ぼくの腕は、もはやぼくの魂しいを遠くへ放ちはしない。ぼくはぼく自身に所属すると。
(「余白に」より)

 

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