1960年10月、朝日出版から刊行された説話集。初出は愛媛新聞連載。読者から寄せられた昔話に真鍋博による挿絵で構成。装幀は堀内誠一。序文は木下順二。
この文章が、この本の初めにつくことになるのか終りにはいることになるのか知らないが、いずれにせよ「序文」とか何とかいう型からおよそ外れた文章を書かねばならぬことになりそうだというのは、実は最初、企画の中味の説明をきかないうちから、私はこれを書くことをお断りした。なぜかというと、またあれか、という気がしたからである。あの、例のごとき民話集に、また賛辞を書かされるのか。「こういうようないいかたは、しかし誤解を招くおそれがある。私は本来の、つまり実際に語られたそのままの民話についていっているのではない。そのようにして採集された、いわば原民話というものについては、それを古いとか新しいとかいうことが私にはできない。それはそこから、古いものと同時に新しいものを、私たちの能力に応じて引き出してくることのできる源泉のようなものである。しかし一般にいって、自分自身の仕事をもむろん含めていうのだが、そこから本当に新しいなにものかを引きだしてくることは極めて困難な事業であり、民話のいわゆる再話ものというのは、とかくどうにもならない古めかしい、あるいは何の毒にも薬にもならないただのやさしいお話になってしまっている。そしてまことに失礼な話だが、朝日出版の『愛媛の昔語り』もそれにちがいないと、理由なしに私はきめてかかっていた。「朝日出版の村上実さんが、真鍋博さんといっしょに私の前に現れたとき、だから私は少々ならずびっくりした。そして今度は、企画の中味の説明をきかないうちから、この文章を書くことを承諾した。理由は簡単であって、真鍋さんの絵というものが、私にとってかって一度も民話なるものと、それこそ夢にも縁のある何かだと考えられたことがなかったからである。」(「序文/木下順二」より)
目次
序文 木下順二
- 鶴ワンブチ
- オカチ磯
- ご用の火事
- お庄屋はんになった息子
- 正木の庄屋
- オモの木
- 杣平四郎
- 桶屋さんと山女郎
- お大師泉
- すえ切り名人
- 湧ケ淵の大蛇
- 立て石
- サトウキビの根
- 御前の大蛇
- クスリとヤスリ
- おおばんタヌキ
- 池を出されたおろち
- ぶしょう者横綱
- 一本足になった「てんぐ」
- タヌキのあだうち
- 金蓮寺の首なし馬
- 青竹「ぱん!」
- 竜の血
- めくらの伊八
- たくあん二きれ
- 天狗の涙石
- 十夜ヶ橋
- オクミ落し
- 古木の精
- オサンノンの大蛇
- 仙人になった治助さん
- まっといで
- 彼岸のキュウリ
- エンマの又平
- 雄甲山の柱石
- ねむり壁
- 五楽
- スイッコカ
- 長さが三尺
- 熊谷桜
- 氏神の争い
- どもりの安吉大工
- 三年目の法事
- くわかけ松
- 返せ返せ
- 臥竜
- ご神体を救った大タコ
- 自慢ばなし
- こいのぼりの立たない部落
- 竜とかじ屋
- みつくり三四郎
- 久万山の法院さん
- ばけ地蔵
- 竹の花立てになった娘さん
- 瓢太の山鳥
- うばごぜん
- 盗まれた仏
- にわかに
- 石になったもち
- 死んであだうつ
- 目くらおたた親子の墓
- おとしごめ
- てんやわんや
- 日吉の坊主口
- キツネのちようちん
- せき地の池
- 強い大将
- 天狗を追っ払った刀の彫刻
- 片目の鮒
- 力持ちの嫁
- ちわら
- 信念の桶屋
- 雨ごいのおかめ様
- のっぺらぼう
- ヘイヘイ踊り
- アノヨユキ
- 寒川の観音様
- お久万大師
- 人取り柳の話
- お藤さん
- わらじに小便
- 雷のことわり
- 夜がけ馬
- おっぱしょタヌキ
- 面
- ひろの大明松
- かつら川
- うなや
- 石イモ
- ツノのあるへび
- 大岩のたたり
- 今治蕃の大砲
- 藤吉とタヌキ
- 流れた竜王
- くわばら くわばら
- 土居の作兵衛はん
- クワクワトテコーカー
- 朝美村
- ふんどしで流れた町
- 立ったまま