あるぺぢお詩集 No.1 1954年版 あるぺぢお詩人会

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 1954年10月、あるぺぢお詩人会から刊行されたアンソロジー詩集。あるぺぢお詩人会は第1回H氏賞受賞者の殿内芳樹が中心。

 

 あるペぢお詩集はこの夏の終りに出す予定であったが、いろいろな事情で随分おくれてしまった。こういうものを刊行するのに、さほど気忙しい思いをすることもない筈だが、それでも周辺がなにかと眩暈を誘うと、やはりこういうものにもそわそわした嫌な憔悴を覚える。そのような日日が幾日かつづいた。
 この詩集がこんな貧寒な形姿をひと目にさらそうとは、あらかじめ予測していなかった。かなり豪華なものにするつもりであったわけだ。その企画もあえなく消えたが、ぼくらは外装についてはさほど気にしていない。この詩集の内部に異常なメタモルフォーゼが氾濫するように、外装もまた瀟洒な空間が崖の下のちッぽけなヴィラに転身したというほどの、そんな推移をふと味わってみる気分にすぎない。
 あるぺぢお詩人会はおなじ信州に住む詩人の親睦団体として発足したのだが、この第一集を出すまでに既に幾人かが姿を消した。知的ではあるが妙に孤独癖にとりつかれている高原の詩情のしからしめる所業でもあろうが、あるいはそれを透明と誤算する孤愁の抒情のなす業かもしれない。汚穢にまみれながらも執拗と思われる連帯の靱さがのぞまれる。こうしてあるペぢお詩人会は個々の存在位相に何の制約ももうけず、むしろ我執を伸ばすことに意をそそぐものだが、ここから何らかの主張が集団として提出されるなら幸いこのうえない。このような消極的な在り方を示しながらも、ぼくらは未来のユマニテのために敗北的ユマニテを拒否する。合理主義を人間の内部へ転化せしめる透徹した知性のために、合理主義によって歪曲された知性を否定する。個を尊重しながら、庶民的造型と造型のための造型をきびしく峻別する。歴史性を内包する批評的創造的現実と非対象的創造的現実とを識別する。ぼくらは詩の非形象的空間性を排し、窮極において生に繋る対象的実体性を追求する。ある日にぼくらが非形象的であり非対象的であるとしても、それはぼくらの目的的詩観へとそれらの詩法を融合させようとする意図のあらわれであるにすぎぬ。たしかにぼくらは無制約の個の集合であり、進んで集団的主張をなすものではないが、これらの地点でぼくらは共通している。創造的現実のそこに歴史性を意識し存在の終末的意味をさぐることが、ぼくらのポーズをひとつに結びつけている。存在の真意を問い、喪われた生を奪回しようとする日に、科学を向上的人間像のがわにひきもどそうとする日に、造型のための造型のかたわらでパイプの手入れをするわけにはいかぬのだ。
 科学と人間との対置。二律背反的な物質関係性のそとから生ずるインフェリオリテ・コンプレックス。逃避。ペシミズム。それらに支えられた造型的造型と詩的現実。それをどのように理論づけようと、つまりは「詩人」の所業に価しない。逃避的心情のかげで描かれたはかない一枚の花辯を「詩」と呼ぶならわしは既に喪われた。「詩人」の所業はいまいう「対置」と「物質的関係性」の根源をつき、未来を予見し指向するものへと繋る。未来の存在と批評のためにのみ、ぼくらが創造し造型するという真意またそこに繋る。ぼくらが文明を超克するというのは、いうまでもなく原始的人間像への回帰を意味するのでなく、世界的新人間像への到達を意味するのだ。
 あるペぢお詩人会がこのようなパターンを形成するのは、より多く将来のことに属するかもしれぬ。あるペぢお詩人会のメンバーはすべてネオ・リアリズム運動を通過してきた詩人ばかりであり、ネオ・リアリズムの詩法をさらに執拗に逐いもとめようとしている。こうした点から、ぼくらの詩観なり性格なりはある程度はつきりしているわけではあるが、さらにもろもろの変型とあたらしい提言とが逐次形相を整えるにいたるだろう。
 さりげない出発である。ガラスのような硬質の非情へ閉じこめられようとしている高原からの、なにげない出発である。この非情のそこで非情を自らの內部へとりこみ、パトス的灼熱へと転化せしめる意慾をぼくらはもつ。この意慾は、ぼくらの未来への意識であり歴史への意識であり生のための予見的創造の意識でもある。このような投影がいくぶんかはこの詩集にみられる筈であるし、第二集では、さらに鮮烈にその軌跡が描かれるに違いないのだ。
(「あるぺぢおノート/殿内芳樹」より)

 

目次

  • 伊藤哲郎 櫻の国
  • 内川美徳 森が割れると
  • 月岡賢二 トルソーの貌
  • 殿内芳樹 デルタ抄
  • 長沼静人 單純な機会
  • 西田道雄 黒い獨房
  • 堀ノ内辰夫 坐標
  • 本多光夫 水の中の思考

あるぺぢおノート


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