1982年9月、聖文舎から刊行された香川紘子(1935~)のエッセイ集。装画は杉全直。著者は姫路市生まれ。脳性マヒ。疎開先の広島で被爆。
十代のころからおせわになってきた詩人の澤村光博氏から、自伝を書くようにとの最初のおすすめを受けたのは、私が九州での入院を終えて帰宅した直後のことだった。そのおりは、とてもそのような器ではないからとお断わりしたのだが、その後も再三おすすめを受け、ついに重い腰を上げたのだった。この『足のない旅』を書いたころは私もまだ三十代で、下書きは自筆で書くことができたが、父が亡くなった翌年から頸肩側腕症のため、首から腕にかけて執拗な痛みに悩まされる日々で、ペンを持つことができなくなってしまった。この意味でも、この『足のない旅』が生まれる産婆役を忍耐強くつとめてくださった澤村氏に、改めて感謝申し上げる次第である。また出版にあたって、ひとかたならぬご尽力をいただいた聖文舎の大高弘達氏と田澤宏子氏に厚くお礼申し上げる。
最近では重度の障害にもめげず積極的に自分の前途を切り開き、社会参加を果たしている障害者が多くなってきた。そうした若い人たちと、私のように肉親の庇護のもとで暮らす者との違いはどこにあるかを考えてみると、養護学校前と、養護学校後の違いのような気がしてならない。したがって私のような養護学校前の世代は完全に時代遅れなのだが、福祉前に生まれた重度障害児をかかえた家族と本人が、手さぐりの試行錯誤を繰り返しながら、ひたすら光をめて生きてきた赤裸々な魂の証しとしてお読みいただければ望外の幸せである。八年ぶりで読み返してみて改めて思うことは、神さまをはじめ、肉親、諸先生がた、それによき友人たちの愛に恵まれ支えられて今日まで生かされてきたという尽きせぬ感謝である。ただ私が恐れるのは、私の至らなさから、どなたかを傷つけはしなかったかということだが、ご寛容を乞うほかはない。
この貧しい半生の記を通して神のみ名があがめられることを祈りつつ筆をおくものである。
(「あとがき」より)
目次
- 誕生とその前後
- 夜の記憶
- 開戰
- わが家の一年生
- 小学校の前の家
- 父の故郷
- 八月六日前後
- 祖母の死洪水上
- 英語のカルタ
- 再び松山へ
- 城北の家で
- 読書開眼
- 巡回診療班
- 十五歲、詩的出発
- 愛媛新聞詩壇
- 詩学研究会
- 詩誌「時間」
- フランス語
- ギリシア神話からシッダルタまで
- 詩仲間
- 転居
- 神癒伝道集会
- 詩誌「想像」
- 処女詩集『方舟』
- 「人間の記錄」
- 聖書研究
- ミロへの手紙をめぐって
- 愛犬悲歌
- 詩の選とラジオ・ドラマ
- 第二詩集『魂の手まり唄』
- 一脳性麻痺者として
- 回復への模索
- 旅立ち
- 第三詩集『壁画』
- 新しい途を求めて
- 父の追憶
あとがき