1986年7月、冨岡書房から刊行された、三井葉子(1936~2014)の第13詩集。
日の記をまとめてみて、やはり恋の記とでもしたほうがよいのかしら、と思っている。過ぎて行く日のかげり、うつろいのあいまあいまに囀る鳥のように、日を移し心をすかせてみせる、そんな楽しみを思っていたけれど。
樵り積みし胸の薪を一たきに
焚く火のかげに笑みて死なばやこれは佐藤春夫の「女人焚死」という小説に引用されている森鴎外の歌である。もうずいぶん昔に読んだ小説だけれど、そこで春夫らしい人物が、その焚死する女へ、この女がもし「詩的表現」という虚構を知ってさえいたなら死なずともよかったのに、と述べている個所がある。
ひとの生き身が上手に生ききれないときに、虚構は、たとえば草が揺れている、また、どこからともなく流れてくる匂いに首をもたげている嗅覚の鼻さきへ、ふと触れて縁になって行くものだろうか。
わたしは表現をためらってはいた。何よりも、自分に代えられるものがあろうとは思わずにいた。いつでも、行為よりすこし遅れてくる表現を、振りむくのがためらわれていた。どんな言葉になら眼をつぶってこの身を任せることができるのか。
けれども背を押されて、臆病に撰ぶ言葉に、結局は抱き取られていたのだと、わたしはうたを書く自分のことを考えている。(「あとがき」より)
目次
- 置きまどう霜
- 花の傘
- 地表
- 火の記
- 午後に
- 新月のような腰
- 流れる川
- 照る日曇る日
- むらさきの露
- 思い入れる
- 月夜
- 陰画
- 火の話
- さくら吹く
- からす木蓮
- 洗濯
- オムレツを食べる
- 春の海
- 未開
- 浮き浮きと
- 天地
- 笑う
- 恋の便り
- 海の夢
- スカァトをはいて
- 思い出
- 鳴く鹿