1979年10月、講談社から刊行された阪田寛夫(1925~2005)の長編小説。装幀は栃折久美子(1928~)。
引用による重層化は、私小説の手法による作品の、構造と書かれる人物像の一面性を阪田に乗り越えさせた。表現されているのは独自な複雑さをそなえた知識人であり、しかも(本当に心のまっすぐな者しか、神経衰弱には羅れないのではないかと痛感)させるところを持ち、その(大き目の底に、「僧でもなく俗でもない」いでたちの海尊がこちらを向いているのを)感じとらせるような人間である。これだけの人物像をリアリティとともに造型しえたのは、多くの引用の力が働いている。(大江健三郎)
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