1979年9月、書紀書林から刊行された財部鳥子(1932~2020)の詩集。装幀は河野道代。
ガラス瓶に梅酒を仕込んでから、この詩集の初校を見ていると、ついガラスの中でふしぎな天体のようにかがやいている青梅に目がいってしまう。見ほれてしまう。そしてつい、これはなんと無愛想な詩集だろうと思ってしまう。
わたしの病気は、青梅やとれたての鰯や夭い少年などにつくづく見ほれて、われを忘れてしまうことらしい。そして、ものを書くときにいつも不機嫌なのは醒めていなければならないからにちがいない。
そういう機嫌のわるい女がうたおうとしたらどうなるか。醒めてしまえば解体してしまう事象のあやうさをピンナップするのは、ある種の定型へのこだわり、うたへのこだわりだろうと思う。しかし、それもあやうさを成りたたせる一因でしかなかった。わたしは自分の不機嫌に即したところで青梅たちのうたを書いたのらしい。
(「あとがき」より)
目次
- 斯くてあり
- 古いパークの隠者に
- 馬の話
- いかなる星のもとに
- 河上の苦行・タバコ喫み
- 永遠の春
- 澄む日
- 硝煙の彼方
- 打楽器のいろいろ
- ストロベリイ
- 未来
- ごくらく鳥を求める人
- トリップ
- アメリカの田舎
- 死せる様体にて波に浮く
- 村落図
- 故に
- 桃仙羽化