1972年8月、思潮社から刊行された河野愛子(1922~1989)の第3歌集。装画は成川雄一。
これは、「木の間の道」「草の翳りに」に続くわたくしの第三歌集です。一九六六年春から七二年春までの作品およそ六五〇首の中から五四〇首を選んで、ほぼ制作順に収めました。
この制作期間中に、わたくしは幾人かの人々とのつらいわかれを経験しました。親しく交わっていた三人の友のそれぞれの死、二人の肉親の死などは、地上においてふたたび相見ることをゆるされぬ絶対のわかれでした。
そして、仲間の一人―私どもの「未来」のすぐれた編集者であり、卓越した作家であったT・Oが、或る日突然、身を隠した事実は、戦後二十数年を同行したわたくしにとって、いつも与えられた巾広くするどい創見に満ちた彼のことばのすべての記憶のゆえに――一層なまなましく深い悲しみをよぶわかれでした。
いま、これらの愛する人たちとのわかれの中に、すべてがわかれの場所としてのみあるこの地上というものを、わたくしは無惨に自身の内部に、確かな手応えをもって明らめつつあるように思えます。多くのものと出遇うことの多かったこの「魚文光」以前はすでになく、いまより後、出遇うことよりも別れることの多い年月に、われと身をおいてゆくのでありましょう。
過去の時間、わたくしが支配され続けていた何ものかへの絶えざるむなしさは、いまようやく、牢乎としてわたくしの中に沈むのを覚えますが、しかしそこに沈められた形は不思議なあるやさしい明るさをおびてのぞかれます。<わかれも愉し>という感慨があるなら、わたくしはそこに、わたくしの歌をさらに逐ってゆくほかありません。
(「あとがき」より)
目次
・天の風音
- プールの月
- 深野にて
- 天の風音
- 口ずさめる
- いのちに倦む
- 巣
- 微笑
- 磁石・水・鳥など
・棲む
- 窖
- 棲む
- 被り布
- 水鳥のうた
- 葉むら
- 囲繞
- らっきょうの玉
- |旧約の世界
- 空の鳥
- 女
- 煙びと
- 柱穴ⅠⅡⅢ
- 夏の葉
・面貌
- 剥落
- ひるがへる海
- 面貌
- 意志と無明-Dr.Rに
- 春の砂
- 櫛と刃
- いかなれば人は
- わが天はかすみて
- 形
- 魚文光
あとがき