静物 菊池正詩集

 1965年3月、黄土社から刊行された菊池正(1916~)の詩集。デッサンは田中堅士。山の樹叢書。

 

 この詩集のカバーと扉を装幀するために、手もとにあった亡き友田中堅士のデッサンを使った。むしろそうするために、あえて恥多い作品集を公にする気になったといっていいかもしれない。
 もう二十年以上も前だった。私たちは二人とも若かった。そしてお互いの可能性を大胆にも信じていた。文学について語り、絵について論じた。そういう時にも友は素直で、眼を真直ぐに私に向けて静かだった。半可通な私の色彩論の上に自分の道を着実に築き、いつかすぐれた作品のいくつかを発表するようになっていた。私の詩集のために、きっと気にいった装幀をしようという約束も、あの戦いにつづく日々にまぎれては、果されないままで何年かが過ぎてしまった。
 引揚げて来てから、彼は北海道の北端の村の小さな中学校の教師になった。そういう生活の中でもやはり絵筆を捨てることなく、暗い朔北の自然や教え子達を、特有の明るい色とゆるぎない構図にまとめて、中央の展覧会にも度々入選するようになっていた。
 田中堅士が、貧しい教え子を喜ばせようとしたクリスマス・ケーキを持ったまま、車にはねられて死んだという報らせといっしょに、私のところに一冊のデッサン帳が送られて来た。その中のどれかで私の詩集をかざりたい、それがその日から私の願いだったといっていい。突如として彼は去った。そしてその画業はすでに忘れられたかもしれない。だがきっと、彼という人間については、一人の教え子の胸にだけは遺って消えないだろう。生きるということは、所詮これで十分なのではないか。それなのに私には何があるというのだ……。
 あまりに私ひとりの感懐を述べすぎたきらいがあるかもしれない。しかしこのことを言うことは、すでにこの集の解説の用を果すものでないかと、ひそかに信じてもいるのである。ある程度その傾向に近似さはあるとしても、収めたものは新旧いずれもあり、その配列にもこれという意図はない。ただここにも私が在る―それを知ってもらえるなら幸せである。
(「書後に」)

 

目次

  • 狼人
  • おびえた眼
  • かくれ礁
  • 蔵の中
  • 海馬図
  • けものみち
  • 静物
  • 展墓
  • 長い塀
  • 帆船
  • 冬の日
  • 海鳥
  • 遊園地
  • 診療室
  • 夜の鶴
  • 老人と海

書後に

 

 

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