1958年9月、河出書房新社から刊行された伊波南哲の随筆集。新版。装幀は鈴木信太郎。
改訂版に際して
「交番日記」は、昭和十六年四月河出書房から出版されるや忽ち八版を重ね、ラジオドラマや演劇となってアッピールしたものであった。
出版と同時に職を辞して、作家生活に入った私は、束縛から解放されて自由人になってみると、現職時代と戦時体制下の影響もあって、自由な採材と表現の阻まれていることを遺憾に思った。
そこで終戦直後から改訂版を執筆すべく、幾度か発心はしたもののその機会に恵まれず、今日多くの読者層の要望もあって、全編新しく書き下ろしたのがこの「交番日記」である。
時代は移り変ったとはいえ、生きた社会の断面に浮ぶ各種の事件と、それを貫く真実は不変で、終戦後お巡りさんの服装が変って、民主的になったとはいえ心理は同じであろう。
戦前の警察官は、厳めしい制服にサーベルをがちゃつかせて、官僚風を吹かしていただけに、反面漫画的であり、ユーモア的存在でもあったので、そこが読者の興味を唆ったのであろう。
「佯らざるユーモアが全編を織りなし、コント風に描いてある肩の凝らない好個の警察文学――。」
と、当時のジャーナリズムは批評した。
古くは井伏鱒二氏の「多甚古村」を始めとして、最近の伊藤永之介氏の「駐在所日記」「警察日記」などは、いずれも地方農村における閑雅な駐在巡査の物語であるが、本著は警視庁の丸の内警察署を中心に、騒音に明け暮れる大都市の交番風景が描かれているので、まさに対照的である。
しかも本書は、著者の体験になる実話であって、登場人物と背景も差支えのない限りほとんど実名を使用した。
全編、交番の窓に映ずる世相の哀歓にみちあふれ、話の泉としてのエピソードが織り込まれているので、是非一読して欲しいものである。
(「序」より)
目次
序
- お巡りさん
- 不審尋問
- 野も山も花ざかり
- 捕り物
- 椰子の葉蔭で
- 恋を食う動物
- 失業戦線の裏表
- 交番と犬
- 点検と操練
- アカシアの花の咲く頃
- 雪の降る晩
- 春がきた
- シラノ・ド・ベルジュラック
- 柔道の話
- 真夏の夜
- 天皇と巡査
- 空手の話
- 政党演説大会風景
- 放浪詩人
- 二重橋前での恋愛
- 大都市の心臓
- プラットホーム
- 牛の話
- 広告詐欺御用
- 珍文騒動
- 八重洲口にて
- 大臣と巡査
- 騒音に埋れて
- 私の辿る道