年代記 花崎皐平詩集

 1959年12月、国文社から刊行された花崎皐平(1931~)の第2詩集。装幀は立松久昌。

 

 第一詩集「明日の方へ」を出してから、四年たった。この四年間、わたしは断続的にしか詩が書けなかった。しかし、書いた作品はすべて一つの統一体の一部であるような意識をもちつづけてきた。わたしが、自分の生活と歴史の年代記をつづろうと思いたったのは、序曲「雷雨」の示すとおり、もう七年もまえのことであり、朝鮮戦争のさなかであった。それから、書いては破り、書いては捨てるくりかえしが始まった。わたしには、「年代記」という発想がはなれなかった。この発想は、チリーの詩人パプロ・ネルーダに負うものである。ネルーダの諸作品は、わたしの仕事の不断の支えであった。二年前に彼に出した手紙の返事が、チリ公使館のルィス・クィンテロス氏をつうじて最近わたしの手もとにとどいた。かれのはげましは、この詩集の出版に際して忘れることができない。
 いまともかく一応の形をととのえて、手放すわけであるが、わたしにはこの作品を誇る気持はまるでない。とにもかくにも七年間、ひとつの主題のまわりをめぐってきたことへの、小さな満足があるだけである。第一詩集の時期で、もっとも愛着をもつ「松川判決について」の作品が、その直接性のために十分な訴える力をもたなったことを自覚してのち、なんとか「松川事件」についてのもっと鳥瞰的な作品を書きたいと考えてきた。それが果せたことへも、ひとつのよろこびがある。わたしにとって、松川被告の諸君は、現実に対して不断に批判的精神を喚起するためのある極限をなしていた。かれらへの感謝を、わたしは忘れることができない。
 それから、この詩集は当然、わたしの妻へ帰すべきものであろう。彼女は、やせて尖っていたわたしの精神状況を鋤きかえし、いくばくかの芽をそだてようとしてくれた。彼女が激励し、評価してくれなかったならば、わたしはこの詩稿をなげうってしまったにちがいない。現在は、詩人にとってこのうえなく困難な時期である。戦後の昂揚期はすでにすぎた。わたしは、この時期をなんとか火を絶やさずに乗り切りたいと思う。
(「あとがき」より)

 


目次

  • 序曲雷雨
  • 第一歌 脱出
  • 第二歌 知られざる神に
  • 第三歌 性/25
  • 第四歌 三つの祭壇
  • 第五歌 五月のまち
  • 第六歌 海図
  • 第七歌 別れ
  • 第八歌 三千子への愛
  • 第九歌 分岐点
  • 第十歌 仕事と世界

・補遺詩篇

  • 誕生ののち
  • 根雪の中の花園を
  • 黄色いリボン
  • 志野の水指
  • レールのメモ

あとがき

 

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